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【書評】「エピゲノムと生命」(太田邦史)のレビュー

エピゲノムと生命 DNAだけでない「遺伝」のしくみ (ブルーバックス)

エピジェネティクスはもちろんだが、生命科学の重要トピックを幅広くわかりやすく学ぶことができ、視野が広がる本。

評価:★★★★★(5/5)

 

学びと感想

分子生物学や遺伝学の専門書を読んでもわかりにくかった部分が明快に理解できた。

エピジェネティクスそのものというよりも、様々な生体メカニズムにエピジェネティクスがどの様に関わっているかが示されており、エピジェネティクスの影響が多岐にわたることが分かる。

エピジェネティクスに関する本といえば、仲野徹先生の「エピジェネティクス」が有名で、原理的な部分で言えばそちらのほうが詳しい。この「エピゲノムと生命」はより応用編といった感じだ。様々なケースに関する記述が多いため読んでいて飽きず、好奇心を刺激する。

個人的には、マクリントックが発見した、とうもろこしにおけるトランスポゾンの仕組みが特に明快でおすすめできる。

読むために専門的な知識もある程度必要だが、理系文系問わず必読。

 

引用

p.32
メンデルの法則には、いろいろ重要な内容が含まれています。その中でもっとも重要な概念の一つは、「遺伝情報は粒子として伝承される」ということです。

 

p.44
なぜ連鎖の強度が遺伝子間で異なってくるのでしょうか。モーガンらは、調べた遺伝子が、空間的に離れていることが原因だと考えたのです。つまり、同じ染色体上で離れた遺伝子の間では、それだけその間で染色体の切断・再結合の可能性が高い、つまり組み換えが起こる可能性が高くなり、逆に近接した遺伝子間では、組み換えの頻度が低くなるのではないかというのです。

 

p.59
なお、DNA上の塩基の種類は四つですから、一つのコドンで4の三乗通り、つまり64通りのアミノ酸が指定できます。

 

p.62
分化した細胞では、細胞一般の維持に必要な遺伝子と、分化した状態に必要な遺伝子が発現しています。
前者は、ちょうど毎日の家事のように欠かさず実行する必要があるので、「ハウスキーピング遺伝子」と呼ばれています。後者は分化した特殊な細胞だけで発現しているので、「ラクシャリー(luxury)遺伝子」と言います。ラクシャリーというのは「贅沢」という意味ですが、細胞にとって贅沢な遺伝子かというとそういうわけではありません。あくまで、「特別なときに使われる」という意味です。

 

p.65
開始コドンの5'側(上流といいます)を見ると、その近くにTATAという配列(TATAボックス)がよく見られますが、上流に存在するTATAボックス周辺の配列を「プロモーター」と言います。

 

p.65
つまり、遺伝子発現の制御を支配するDNA配列が遺伝子の外側に存在するのです。

 

p.68
ヒトのゲノム配列のうち、実際にタンパク質や、リボソームRNAなど機能を持つRNAに翻訳される部分というのは、全体の1.5パーセントに過ぎません。残りの部分は、イントロンの転写制御領域が20パーセントぐらいで、残りの80パーセント弱は一見すると遺伝子と関係なさそうな領域です。
そのため、以前この部分のDNAは「ジャンクDNA」と言われていました。

ジャンクDNAではあんまりですので、若干格上げされて「非コードDNA領域」と呼ばれています。

 

p.70
さらに、疾患に結びつくとされる個人間の一塩基の塩基配列の違い(単塩基置換多型、SNPs)の大半が、遺伝子外の非コードDNA領域に存在することがわかりました。

 

p.71
これらの保存された配列(「多種間保存配列」と言います)は、何らかの重要な機能を持っているため、生物種が変わっても維持されていると考えられます。

 

p.72
遺伝子の数が単純な生物と大差ないのなら、どうやって人間のような複雑な行動をする生物がプログラムされているのでしょうか。これには、いくつかの仮説があります。第一の仮説は「選択的スプライシング」という現象に立脚するものです。

第一の仮説では、このように、少ない遺伝子をいろいろな形に使い回すことで、複雑な生物を生み出すことが可能になると考えるのです。

 

p.74
第二の仮説は、本書のテーマである「エピジェネティクス」のしくみを基盤においています。

エピジェネティクスのしくみを使うと、DNAの情報に加えて、それをどう使うかという情報が書き込め、しかもそれを記憶することが可能になります。これにより、高等生物の複雑さをもたらす高度な遺伝子発現が成立するという説です。

第三の仮説は、非コードRNA領域から生み出されるRNAの積極的な関与を想定します。

 

p.78
このようなしくみを生物が獲得してきた理由の一つとして、二本鎖RNAをゲノムに持つウイルスが細胞に侵入してきたとき、RNAiのしくみによってその機能を失わせ、ウイルスの感染を防ぐためではないかという考えがあります。

 

p.79
このセントロメアには、後で詳しく述べますが「ヘテロクロマチン」という凝縮した部分が存在します。
細胞分裂期になるとセントロメアの凝縮したクロマチンを土台にして、「動原体(キネトコア)」という構造が180度正対した位置に二個作られます。動原体には細胞内の両側(両極といいます)に位置する中心体から伸びた微小管が結合し、ちょうど綱引きをするように引っ張られます。この張力により染色体が両極に向かって運動し、染色体分配が行われます。

 

p.80
分裂酵母のRNAiに関わる遺伝子(たとえば「ダイサー」)を(変異体を用いて)正常に動かないようにすると、染色体の分離に異常が起こります。セントロメアの機能が失われたのです。さらにこの変異株では、セントロメア領域からRNAが合成されていました。このRNAはセントロメア領域こDNAの両方の鎖からそれぞれ転写されています。両方の鎖から合成されたRNAは、お互いに相補的ですので、二本鎖RNAを形成できます。この二本鎖RNAが分解されることでsiRNAが合成され、RNAiが生じるのです。

 

p.81
転移性因子というのは、「動く遺伝子」とも呼ばれるDNA配列です。「トランスポゾン」と「レトロトランスポゾン」の二種類があります。トランスポゾンは自分自身のDNAをトランスポゼースという酵素で切り出し、他の染色体部位に挿入する「カットアンドペースト」型の転移性因子です。
レトロトランスポゾン(もしくはレトロポゾン)は、転写されて生じたRNAを鋳型として、逆転写酵素がDNAを合成し、これが別の染色体部位に挿入されることで、染色体上で増えていきます。レトロトランスポゾンは、つまり「コピーアンドペースト」型の転移性因子です。

 

p.87
これらのデータをもとに、1948年〜1950年にかけて、彼女は「動く遺伝要素が遺伝子を選択的に調節する」という新しい理論を構築しました。つまり、Acの存在する個体では、Dsが色素遺伝子Bzの近くに飛び込むと「色なし変異」となること、逆にBzの近くからDsが飛び出て別の場所に移動すると再び「着色」すること、また発色パターンや程度は、穀粒分化期における「Dsの転移時期に依存すること」などを突きとめたのです。
後に、DsやAcは4500塩基対の配列を持つトランスポゾンであることがわかってきました。また、トランスポゾンが遺伝子の近くに転移すると、その近辺の遺伝子の発現を抑制する現象(「サイレンシング」といいます)は、現在ではエピジェネティクスの機構で説明されています。

 

p.93
「ヘテロクロマチン」では、凝縮度が高いために転写因子がなかなかDNAに結合できず、結果として遺伝子発現が抑制されます。

 

p.94
DNAは酸性の性質を持っているので、プラスとマイナスの電気的な相互作用によってヒストンとくっつきやすい構造になっています。
ビーズとビーズの間はリンカーといい、ヒストンのうちH1が結合します。残りのH2A、H2B、H3、H4は、それぞれ二個ずつ、合計八個のヒストンが集まって、円盤状のヒストン八量体(コアヒストン)を形成しています。DNAは、ヒストン八量体の周囲に1.75回転分巻き付いた状態で結合しています。
それぞれのヒストンのアミノ末端(最初に翻訳されるタンパク質部分)には、「ヒストン・テール」といって、構造の不安定な領域がぶら下がっています。この部分には、リシンやアルギニン、セリンなどのアミノ酸が存在し、しかもその周辺の配列が生物種で保存されています。これらのアミノ酸には、後ほど説明するアセチル化やメチル化などのヒストン化学修飾が行われます。

 

p.95
クロマチンには陰と陽の2つのタイプがあります。陰は「ヘテロクロマチン」で遺伝子発現が抑制されます。陽は「ユークロマチン」と言い、活性な遺伝子が多く含まれます。ヘテロクロマチンには電子顕微鏡で観察した際に、凝縮した電子密度の高い構造として観察されます。ヘテロクロマチンに含まれるDNA配列の多くは「繰り返し配列」や「反復配列」です。ヒトの細胞では、レトロトランスポゾンや、テロメア、セントロメアなどの繰り返し配列の多い領域は、一般的にヘテロクロマチンになっています。

 

p.96
インスレーターはヘテロクロマチンの拡大を阻止するだけでなく、「ユークロマチン」の区画を形成する重要な役割もしています。 

 

p.102
クロマチンの状態も潮目が変わるように変化することがあります。ある細胞では遺伝子Aと遺伝子Bの間に境界がありますが、別の細胞では遺伝子Bと遺伝子Cの間に境界ができたりします。確率的に境界が変動するのです。このとき、遺伝子Bの発現を見てみると、前者の細胞では発現がオン、後者の細胞では発現がオフになります。つまり、同じ遺伝子でも細胞ごとにオンになったり、オフになったりするのです。

 

p.102
ショウジョウバエの変異体には、「逆位」といって一部の染色体領域がひっくり返っているものがあります。この際、ショウジョウバエの特徴でもある、眼の色を赤くするwhite遺伝子を含む領域が逆位するケースがあります。その場合、ショウジョウバエの眼の色が斑模様になります。
この現象は以下のように説明ができます。通常の染色体では、white遺伝子はインスレーター配列の外側にあり、ヘテロクロマチン領域に入ることはありません。したがって、必ず発現します。
ところが、図5-1下の逆位したケースではインスレーター配列が落ちてしまい、white遺伝子がヘテロクロマチンの近傍に移動します。この際、white遺伝子の近くのヘテロクロマチン領域の境界は、「潮目のメカニズム」で確率的に決まるようになります。
すると、ある眼の細胞ではwhite遺伝子がオンになり、別の細胞ではオフという状態になります。ショウジョウバエの眼は正常ですが、それぞれの眼の細胞でwhite遺伝子がオンになったりオフになったりするのです。このような理由で、ショウジョウバエの目が赤白の斑模様になるわけです。このような、遺伝子の位置によって細胞ごとに発現状態が異なる現象を、「位置効果(ポジション・エフェクト・バリエゲーション)」と言います。位置効果は、かなり普遍的な現象で、ヒトから単純な真核生物である酵母まで広く見られます。

 

p.106
さらに、H3K9がメチル化されると、そこにHP1が特異的に結合することを見出しました。つまり、ヒストン・メチル化酵素の一種が、H3K9を特異的にメチル化し、これを目印にヘテロクロマチン化を行うHP1が結合することで、染色体のある部分がヘテロクロマチンになるということを明らかにしたのです。

 

p.112
転写活性の高い遺伝子のプロモーター付近では、H3K9の多くがアセチル化されています。ここで注目すべき点は、H3K9がアセチル化されると、転写が活性な状態になるということです。つまり、スイッチのオンとオフの役割を役割を果たす二種類の修飾が、ヒストン上の同じアミノ酸残基に施されるわけです。H3K9という一つの残基が、アセチル化・未修飾・メチル化の三つの状態のいずれかを取ることで、周辺のクロマチン環境を転写に適した状態にしたり、逆に抑制的な状態にするのです。このようなしくみで、クロマチンが活性状態、もしくは不活性状態のどちらかに定まります。

 

p.114
たとえば、転写が始まる場所(転写開始点)周辺ではH3K9のトリメチル化が集中的に観察されますが、モノメチル化やジメチル化は、転写開始点からやや離れた遺伝子領域にわたって分布しています。

 

p.115
H3K9とH3K27のヒストン・メチル化は、ヘテロクロマチンを形成し、転写を抑制します。しかし、ヒストンのメチル化は転写を抑制する状態にだけ見られるわけではありません。たとえば、H3K4におけるトリメチル化では、転写が活性な状態に対応します。

 

p.115
もう一つの考え方は、ヒストン修飾を認識するタンパク質が存在し、これが特定のヒストン修飾を解釈し、次なる反応を担うタンパク質を呼び込んで来るというものです。
これらのタンパク質部分を持つタンパク質は、「コードリーダー・タンパク質」と呼ばれ、かなりの種類があることがわかってきました。その中には、アセチル化されたヒストンに結合するGcn5のようなHATや、メチル化ヒストンに、結合するHP1などが含まれます。ちょうど、商品の種類や値段の情報を記録した「バーコード」のようなものがヒストン修飾であり、それを読み取ることで、局所的な転写の強さが決まってくると考えるわけです。

 

p.131
脊椎動物では「CG」という二つの塩基のうち、シトシン(C)の部分にメチル化がしばしば観察されます。酵母や線虫では、DNAメチル化の機構がありませんが、ヒトやマウスではゲノムに存在するCG配列のCのうち、実に70パーセントがメチル化を受けています。重要なのは、もしCG配列のCにメチル基が結合されると、一般的にその近くの遺伝子の発現が著しく抑制されることです。脊椎動物では遺伝子発現が不活性な領域にDNAのメチル化が多く見られるのです。

 

p.132
一方で、図5-13下のようにシトシンがメチル化されていると、「脱アミノ化」により、ウラシルではなく、チミンに化けてしまうものもあります。チミンはもともとDNAの中にあるヌクレオチドですので、細胞内の異常検出系・DNA修復系でも見つけ出すことができません。ですから、メチル化されたシトシンを持つ「CG配列」は、徐々に「TG配列」に置換されていくことになるわけです。この現象を「CG抑制」と言います。

 

p.133
一般的に、活発にRNAに転写されているDNA領域では、シトシンのメチル化が起こりにくくなっています。そのため、活発に用いられる遺伝子の上流にあるプロモーター領域などでは、周囲に比べてCG配列の出現頻度が高くなっています。
このようなCGが多く存在する領域は、CG配列が少ないゲノム全体を「海」に喩えると、ちょうど「島」のようにある領域に集中して存在するように見えます。そこでこのような領域を「CpGアイランド」と呼んでいます。

 

p.134
DNA複製時には、新たに合成されたDNA鎖はまだメチル化を受けていません。このままでは、複製を経るたびに、メチル化されたDNAは新生DNA鎖に希釈されて減ってしまいます。そので、DNA複製後にすでにメチル基が入っている場所を目印にして、新生DNA鎖上のCG配列にメチル基を結合させる酵素が作用します。この酵素のことを、「維持型DNAメチル化酵素」と言い、その働きによって細胞分裂の後でもDNAメチル化パターンが維持されます。DNAメチル化酵素にはそのほかに、新規にCG配列にメチル基を入れる「新生メチル化酵素」があります。

 

p.135
DNA脱メチル化のしくみには大きく分けて、「受動的脱メチル化」と「積極的脱メチル化」があります。受動的脱メチル化とは、維持型メチル化酵素が働かず、DNA複製でメチル化を受けていない新生鎖が生み出されることで、徐々にメチル化されているDNAが少なくなっていく機構です。
積極的脱メチル化は、個体の発生や分化などの過程で、特定のDNA領域のメチル基を除去する現象に関与します。

 

p.136
そこで、DNA内のシトシンに付加されたメチル基を外す酵素、すなわち「DNA脱メチル化酵素」の探索が始まりました。
この酵素の発見は、真菌という微生物の代謝系に注目することで、成し遂げられました。DNAやRNAといった核酸を、細胞内で生産する際、新規に一から合成する「新生(de novo)経路」と、要らなくなった核酸を代謝して再利用する「サルベージ経路」という二つの反応経路があります。
真菌とは、酵母やキノコ、カビの仲間ですが、これらの生物のチミンのサルベージ経路で働く「チミン・ヒドロキシラーゼ」という酵素があります。この酵素は、酸素や鉄イオン、代謝産物であるαケトグルタル酸の力を借りて、チミンの5位の炭素に結合するメチル基を連続して酸化し、メチル基の部分が順次、ヒドロキシメチル基、ホルミル基、カルボキシル基と転換され、イソオロチン酸という物質を作ります。
さらに、別の酵素によってイソオロチン酸のカルボキシル基という構造が取り外され、ウラシルに変換されます。つまり、この反応によって、チミンのメチル基が除去されるわけです。これらの酵素は、真菌では見つかっていますが、人間では同定されていませんでした。

しかし、ヒトではチミン・ヒドロキシラーゼは見つかっていません。

 

p.138
そこで、真菌以外の生物で同じような反応をする酵素がないか検討されました。アフリカ眠り病を引き起こす「トリパノソーマ」という原虫には、チミン・ヒドロキシラーゼと同じような機構で酸化反応を触媒する「ジオキシゲナーゼ」が存在しています。
このタンパク質には、αケトグルタル酸に依存して物質を酸化するはたらきを持つ部分があり、チミン・ヒドロキシラーゼなどと比較することで、その配列には一定のパターンがあることがわかりました。

Tet1、Tet2、Tet3という三種類のタンパク質がそれです。

これらは「Tetファミリー・タンパク質」と呼ばれています。

 

p.139
Tetファミリー・タンパク質は、具体的にどのようにDNAを脱メチル化するのでしょうか。生化学的な解析によすと、酸素と鉄、αケトグルタル酸に依存して、5-メチルシトシンのメチル基を「水酸化(ヒドロキシル化)」し、「5-ヒドロキシメチルシトシン」に転換する活性を持つことが示されました。
その後の反応は、すでに述べたチミン・ヒドロキシラーゼとよく似ています。すなわち、5-メチルシトシンを5-ヒドロキシメチルシトシンに転換した後、連続的な酸化を行い、5-ホルミルシトシン、5-カルボキシシトシンへと変化させ、最終的にメチル基を除去するのです。

 

p.148
mTORの役割は、細胞の栄養状態やエネルギー・酸化還元状態、成長因子などの総合的な細胞環境を判断して、細胞を成長させるかどうか、決定を行うというものです。

 

p.149
ラパマイシンは、哺乳類では「FK結合タンパク質12(FKBP12)」というタンパク質に結合し、mTORC1の機能を抑制することがわかっています。

タクロリムスも、ラパマイシンと同じようにFKBP12に結合するのですが、その後に「カルシニューリン」という酵素を阻害する点がラパマイシンと異なります。これらの作用を通じて、免疫細胞を活性化する「インターロイキン」という免疫細胞を刺激する物質の生産を減らすことができ、それにより免疫機能を抑制します。

 

p.151
解糖系の反応のうち、フルクトース-6-リン酸からフルクトース-1,6-ビスリン酸の経路は、不可逆的で反対方向には普通進みません。この反対方向の反応を行う酵素が、「フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ」です。

分裂酵母のフルクトース-1,6-ビスホスファターゼをコードしている遺伝子を「fbp1」といいます。

 

p.155
調べていくうちに、この謎のRNAは、fbp1のかなり上流にある箇所(CREB/ATF転写因子の結合配列がある場所の近くです)から転写が開始され、fbp1のタンパク質をコードしている領域に向けてRNAが伸長していることがわかりました。おまけに、ブドウ糖が減るとこの謎のRNAの転写位置がだんだん下流側に移動し、それと同時にこの領域のクロマチン構造が緩んでいたのです。また、このRNAは、タンパク質に翻訳されない長い非コードRNA「lncRNA(long noncoding RNA)」の一種であることもわかりました。その後、私たちはこのRNAを、メタボリックなストレスで誘導されるlncRNAという意味で、「mlonRNA(metabolic stress induced long noncoding RNA エムロンRNA)」と命名しました。
さらなる解析で、mlonRNAの転写によって局所的で段階的なヒストン修飾パターンの変化や、クロマチン構造の弛緩が引き起こされ、大規模な遺伝子発現に結びつくことが明らかになりました。

 

p.158
遺伝子発現の活性化に関わるエピゲノム修飾が施されると、その周辺のクロマチンが弛緩し、転写に適した「アクセスしやすいDNA環境」が局所的に構築されます。逆に遺伝子発現を抑制するエピゲノム修飾が行われると、その周辺にはヘテロクロマチンのような凝縮したクロマチンが形成されます。
これらの、局所的なクロマチン構造の形成を担う因子が、「クロマチン再編成因子」や「クロマチン・リモデラー」、あるいは「ATP依存型クロマチン再編成因子」と呼ばれるものです。

 

p.158
クロマチン再編成因子は、分子の中にATPのリン酸基を分解してADPに変換し、そのエネルギーのはたらきで局所的なヌクレオソームの移動や解離を引き起こします。大きく分けて、「Swi/Snfタイプ」「イミテーション・スイッチタイプ」「Mi2タイプ」「IN080タイプ」の四つの型があります。

 

p.159
これらのクロマチン再編成因子は、どのようにクロマチンの再編成に関わるのでしょうか。一つの可能性は、ヒストンとDNAの相互作用を弱め、DNA上のヒストンの動きを円滑にするというものです。これにより、ヒストンがDNA上を滑り動くことが可能になり、むき出しのDNA領域が生じやすくなるというわけです。
もう一つの可能性は、クロマチン構造から局所的にヒストンが脱離するというものです。複合体によってクロマチン再編成のしくみは異なりますが、いずれにしてもATPの加水分解エネルギーを用いている点は共通しています。

 

p.160
遺伝子を調節する領域、たとえばプロモーターやエンハンサーなどには、先に述べたとおり、特定のDNA配列が存在します。これらの配列には、それらの遺伝子の活性化に必要な転写調節因子が、DNA配列を識別して選択的に結合します。クロマチン再編成因子の選択的作用についてのもっとも単純な説明として、これらの転写調節因子にクロマチン再編成因子が結合し、間接的な形で遺伝子の制御を行うプロモーター領域に呼び込まれるという機構です。

 

p.162
生物が一つの受精卵から、多様な器官を形成し、それらが別の器官に変化することなく安定にはたらくためには、一度確立したエピゲノム状態を維持する機構が必要になります。このエピゲノム状態の維持にはたらく因子が、「ポリコーム」と「トリソラックス」というタンパク質のグループです。

 

p.163
ポリコーム群タンパク質は、局所的に形成された抑制的なクロマチン構造を固定する機能を持っています。ポリコーム群タンパク質によって抑制的なクロマチン構造を取る領域に存在する遺伝子は、ちょうど、ある種のスイッチが決してオンにならないように、「封印ロック」したような状態になっているのです。

 

p.164
これに対し、「トリソラックス群」のタンパク質は、遺伝子の活性化状態を保つという逆のはたらきをします。ポリコーム群タンパク質が「陰」だとすると、トリソラックス群タンパク質は「陽」のはたらきを持つと言えます。
一つの受精卵から、多数の組織や器官を構成する異なる細胞に分化する過程で、ある染色体領域ではポリコーム群が遺伝子をオフになるように固定し、別の部位では、トリソラックス群が遺伝子をオンになるように固定していきます。このプロセスが発生段階で積み重なっていき、多くの遺伝子でそれぞれの組織に適した遺伝子だけが活性化されて、その状態が細胞分裂を経ても維持されていくことになります。
したがって、我々成人の体の中では、ポリコーム群タンパク質とトリソラックス群タンパク質の双方により、細胞レベルで「エピジェネティクな記憶」が確立されているということになります。

 

p.169
男性に比べて2倍のX染色体を持つ女性では、遺伝子の発現量を半分にするため、二つのX染色体の片方を不活化し、もう一方のX染色体だけから遺伝子が発現するようになっています。X染色体全長にわたって生じるこの遺伝子量補正を、「X染色体の不活化」と言います。不活化されたX染色体は全長にわたってヘテロクロマチンになっており、極度に収縮して「バー小体」と呼ばれる微小な塊を細胞核内に形成します。

 

p.169
受精卵が分裂し、二〜四細胞の時期になると、「ゲノム刷り込み」と呼ばれる機構により、まず父親由来のX染色体が不活化されます。

 

p.170
この初期段階でのX染色体の不活化が一度消去され、細胞分裂が継続して起こる過程で、どちらかのX染色体がランダムに不活化を受けます。その後、この不活化のパターンは、エピジェネティクスの特徴である細胞記憶の支配を受け、分裂後の細胞に継承されていきます。

 

p.172
以上の通り、三毛猫は雌にしか見られないX染色体の不活化というエピジェネティックな現象によって生まれます。したがって、三毛猫は基本的に「雌」ということになります。
一方で、雄の三毛猫がごく稀に生まれることがあります。雄の三毛猫は、実はX染色体を二つ、Y染色体を一つ持っています。雄なのにX染色体が二つあるため、X染色体の不活化が起こり、三毛猫になれるわけです。

 

p.173
三毛猫の話で重要な点は、二つあるX染色体上の遺伝子のどちらが発現するのかは、「細胞系列ごとにランダムに決まる」という点です。ちょうど三毛の斑のように、ある場所の細胞では片側のX染色体上の遺伝子が発現し、別の場所ではもう片方のX染色体の遺伝子が発現する、つまり遺伝子発現がモザイク状になっているわけです。このモザイクのパターンは、あくまでランダムに決まるので、三毛猫の模様は偶然の所産と言うことになります。したがって三毛猫のクローンを作ろうとしても、模様は全く同じにならないということです。

 

p.174
X染色体上の遺伝子に関するモザイク状の発現が起こるのは、哺乳類では雌に限定されます。雄ではX染色体は一つしかありませんので、これが不活化されることはあってはならないからです。このモザイク状の遺伝子発現が、女性が遺伝的に強い原因なのです。

 

p.175
ですから、錐体細胞には、「青錐体」、「緑錐体」、「赤錐体」の三種類があることになります。なお、常染色体上に存在するのが「青オプシン」で、「赤オプシン」と「緑オプシン」はX染色体上に存在します。

これらの遺伝子は、遺伝子重複というしくみによって、まともと一つの遺伝子から派生し、分かれていったものと考えられています。特に、X染色体上の赤オプシンと緑オプシンは、分岐してからそれほど時間が経過しておらず、配列が非常によく似ています。

 

p.176
モーガンのハエの実験で紹介した「伴性遺伝」ですでに述べましたが、X染色体上に存在する遺伝子の変異は、性によって表現型が異なります。赤緑色盲に関与する二つのオプシン遺伝子の変異は、いずれも劣性変異です。両者はX染色体上にあるため、X染色体を一つしか持たない男性に強く症状が出ることになります。
一方、女性ではX染色体が二本あるので、どちらかが野生型のオプシン遺伝子を持っていれば、赤緑色盲にはなりません。X染色体の両方でオプシン遺伝子に変異が入った場合のみ、赤緑色盲になるので、非常に頻度が低くなるということです。
しかし、女性ではX染色体の片方は不活化されると述べました。すると、変異型オプシン遺伝子があった場合、野生型のオプシン遺伝子のある染色体が不活化されれば、ヘテロの遺伝子組成でも赤緑色盲になってしまうはずです。では、なぜ女性は変異による表現型が表面化しにくいのでしょうか。
それは、三毛猫の体毛色と同じように、X染色体の不活化により、網膜の錐体細胞で二つのX染色体上のオプシン遺伝子がランダムかつモザイク状に発現するからです。一部の錐体細胞で変異型のオプシンが発現していても、別の錐体細胞で正常な赤もしくは緑オプシンが発現すれば、色覚としては通常の三色の認識が可能になるわけです。

 

p.179
さて、どうして女性に四色色覚者が出てくるか説明してみましょう。要点だけかいつまんで述べますと、X染色体の片方でオプシン遺伝子に変異が入り、従来とは異なる吸収波長を持つオプシンが生じたからです。男性でこの種の変異が入ると、X染色体は一本しかありませんので、色の識別が弱くなるだけです。
ところが女性では、常染色体由来の正常なオプシン、片方のX染色体から発現する正常な赤オプシンと緑オプシン、もう一方のX染色体から発現される変異型オプシン遺伝子という合計四種のオプシン遺伝子が、個々の錐体細胞に発現します。つまり、スーパー色覚の女性は、X染色体の不活化がランダムに入ることで、「追加のオプシン」を発現することが可能になり、通常は識別しにくい波長を敏感に識別することができるようになるというわけです。

 

p.180
まず、不活化を受けるX染色体ですが、ヘテロクロマチンを全長にわたって形成しています。不活性なX染色体では、ヒストンH3の9番目のリシン(H3K9)などがメチル化を受けています。
これらヒストン修飾は、すでに述べたとおり、ヘテロクロマチンを形成するマークとなっています。また、DNAのメチル化も顕著に起こっています。つまり、X染色体の不活化は、エピジェネティックなヒストン修飾や、DNAメチル化によってもたらされているのです。
X染色体の全長にわたってヘテロクロマチンが展開するしくみですが、これにはX染色体上から発現している「Xist」というRNAが重要な役割を果たしています。このRNAは、前にも何回か登場した「長いノンコーディングRNA(lncRNA)」と呼ばれているものの一種です。Xist RNAが合成されると、同じ染色体上のXist遺伝子の近くに結合し、この結合を介して、ヒストン・メチル化酵素やDNAメチル化酵素などを呼び込むと考えられています。ちょうど、Xist RNAがこれらの酵素を手繰り寄せる骨格のようなはたらきをしているのです。
Xist RNAの結合を介して、ひとたびX染色体の結合部位にヘテロクロマチンが形成されると、X染色体全長に及ぶヘテロクロマチン化にスイッチが入ります。
まず、ヘテロクロマチンに結合するタンパク質「HP1」が「ヒストン・メチル化酵素」を呼び込みます。そしてその周囲に存在するクロマチンに含まれるヒストンH3に対して、ヘテロクロマチンのマークである「H3K9のメチル化」が修飾されていきます。
Xist RNAについても、X染色体全体にベタベタと結合します。RNAとタンパク質の協調作業によって、全長にわたってヘテロクロマチンが形成されていくのです。
その後、ヘテロクロマチン領域に「DNAメチル化酵素」が呼び込まれ、より強固に遺伝子の不活化が行われることになります。この頃になると、X染色体はヘテロクロマチン化を通じて極度に収縮し「バー小体」を形成します。

 

p.183
我々のような哺乳類は、二倍体であり、父由来の染色体と、母由来の染色体をそれぞれ一セット、合計二組持っています。その染色体それぞれの同じ位置に、父由来の遺伝子と、母由来の遺伝子が存在しています。ゲノム刷り込みが生じると、一部の遺伝子で父由来・母由来のどちらかだけが選択的に利用されます。雄と雌でその選択的な利用パターンが異なっているのですが、それは「雄特有のゲノム刷り込み」と、「雌特有のゲノム刷り込み」があるためです。
成長に関わるタンパク質であるインスリン様成長因子「IGF2遺伝子」は、必ず父由来の遺伝子が使われ、母由来の遺伝子が使われることはありません。つまり、二つの遺伝子があっても片方しか使われないわけです。

 

p.184
このように、ゲノム刷り込みが起こると、ゲノムDNAは部分的に「一倍体相当」の状況になります。これは、一見するとあまり生物にとって有利なことには見えません。

ところが、ゲノム刷り込みを受けている遺伝子では、片方の遺伝子しか利用できません。実際、ゲノム刷り込みを受ける遺伝子では、変異の効果が表に出やすいという特徴があるのです。

 

p.184
ゲノム刷り込みは、精子や卵のもととなる生殖細胞で起こり、性によって異なるパターンで施されます。したがって、変異が父方・母方の遺伝子のどちらかに入っている場合、変異が父方の遺伝子にあるか、母方の遺伝子にあるかで、その効果が異なって現れることになります。

 

p.187
まず、父親の精巣で精子が、母親の卵巣で卵が作られる際に行われる「減数分裂」の際の染色体の混ぜ合わせがあります。

染色体の一部では、DNAの組み換えがおこるので、父由来の染色体と母由来の染色体の一部が交換しているところも出てきます。これにより、子孫の遺伝的な多様性が確保され、顔も十人十色ということになります。
ゲノム刷り込みによっても、父親似や母親似のパターンが出てくることが考えられます。父由来の遺伝子しか働かないようにゲノム刷り込みが施された遺伝子では、母由来の遺伝子はたとえそれが優性の遺伝子でも全く機能せず、父親似の表現型を示します。母由来の遺伝子しか機能しないようにゲノム刷り込みをされた場合は、この逆に母親型の表現型になります。ゲノム刷り込みがない場合は、母・父由来の遺伝子のどちらが優性かだけで、表現型が決まってきます。したがって、ゲノム刷り込みのおかげで、遺伝子の優性・劣性の壁を越えて、子孫の表現型が多様になってくるのです。

 

p.190
プラダー・ウィリー症候群とアンジェルマン症候群の代表的なケースでは、ともに二本ある15番染色体の片方で、15q11-13という部位の異なる領域が欠失しています。両者は同じような領域の欠失に原因があるのですが、この欠失を持つ15番染色体を母親から受け継ぐか、父親から受け継ぐかで、どちらかの症候群になるのです。

 

p.192
二つの症候群は、いずれも同じ染色体領域の欠失に原因があります。染色体の欠失領域には、上記の症状と関連する複数の遺伝子が存在しています。一方の染色体に欠失がありますが、もう片方の染色体には欠失がありません。つまり、欠失部分の染色体の部位だけ、「一倍体」の状態になっています。
この領域にも、生殖細胞内でゲノム刷り込みが施され、ある遺伝子は父方由来のときのみ、別の遺伝子は母方由来の場合しか、発現しないようになっているのです。したがって、同じような染色体部位の欠失を、母親から受け継ぐか、父親から受け継ぐかで、欠失している領域に含まれる遺伝子の発現パターンが変わり、全く異なる症状になってくるというわけです。

 

p.192
哺乳類にはゲノム刷り込みがあるために、「単為生殖」を行うことができません。

 

p.193
これらの生物種では、ゲノム刷り込みの機構がないため、父親から受け継いだ遺伝子でも、母親から受け継いだ遺伝子でも、区別なく利用可能なため、母親からだけでも子を設けることが可能なのです。

 

p.193
ところが哺乳類では、ゲノム刷り込みがあるために、発生の過程で父由来の遺伝子しか利用できない部位があります。その中には、生存に必須な役割をするものもあります。単為生殖で卵から個体が発生しようとしても、発現可能な父方遺伝子を持っていないため、胚の発生段階で死んでしまうというわけです。

 

p.195
特に重要なのが、DNAのメチル化です。父由来、もしくは母由来の遺伝子の制御領域のDNAのどちらかにメチル化が生じると、その領域の遺伝子発現が抑制され、これによってゲノム刷り込みが起こります。通常DNAに結合したメチル基は、DNA複製や細胞分裂を経ても、維持型DNAメチル化酵素のはたらきで、修飾パターンが維持されます。
ところが、哺乳類が精子や卵を作る際には、せっかく確立されたゲノム刷り込みは、一度消去されてしまいます。つまり、「ゲノム刷り込みの消去」とは、化学的な言葉で言えば、DNAに結合したメチル基が外される「DNA脱メチル化」が起こることなのです。
そして、雄の精巣で精子が作られる過程、あるいは雌の卵巣で卵が作られる過程で、それぞれ雄特有、もしくは雌特有のDNAのメチル化が再度施されることになります。

 

p.206
c-Mycは増殖の制御に関わる転写因子で、特定のDNA配列を持つDNAに結合し、その近辺の転写活性を上昇させます。c-Mycの標的部位には細胞増殖に関わる遺伝子が存在していますので、通常の細胞でc-Mycを強めに発現させることで、iPS細胞の要件の一つである「細胞を増殖に適した状態に持って行く」ことが可能になるのだと考えられます。

 

p.207
多数の細胞が集まっていろいろな器官を形成する高等な真核生物では、ポリコーム群タンパク質やトリソラックス群タンパク質が染色体やクロマチンに結合し、特定の遺伝子のセットのみが使われるように固定された状態になっています。また、これに応じて、DNAのメチル化やヒストンのメチル化・アセチル化が局所的に生じており、クロマチンレベルで遺伝子発現のパターンが記憶されているわけです。
山中因子やNanogが発現すると、これらのタンパク質の結合が解除されたり、ヒストンやDNAの修飾が外されたりして、細胞が一種の「記憶喪失」の状態になってしまうわけです。

ただ全くの白紙になっているかというとそうではなく、一部DNAのメチル化も残っているはずです。そうでないと、ゲノム刷り込みなどの重要なエピゲノム修飾も外れてしまい、まともな個体に発生できなくなります。正確には、初期胚と同じようなエピゲノム修飾パターンになっている、と言うべきでしょう。

 

p.219
成人の体に含まれる脂肪細胞の大部分は「白色脂肪細胞」と呼ばれるタイプですりまた、少数ですが、「褐色脂肪細胞」という発熱性の細胞も存在します。

 

p.220
PPARγは、脂肪細胞の分化に加え、その大型化や、ブドウ糖などを効率的に脂肪に転換して、脂肪細胞に蓄積させるはたらきもしています。これらの薬を服用することで、PPARγが活発に働くようになり、「善玉」と呼ばれる小型の脂肪細胞がたくさん作られるようになります。これら増産された脂肪細胞のはたらきにより、効率的にブドウ糖が脂肪細胞に取り込まれ、II型糖尿病の「インスリン抵抗性」が軽減されるというわけです。

PPARγは、炎症を引き起こす血中タンパク質である「TNFα(腫瘍壊死因子、Tumor Necrosis Factor)」の合成を抑制します。

 

p.222
アディポネクチンが細胞に作用すると、「AMPキナーゼ」という酵素が活性化し、細胞内で盛んに脂肪が燃焼(代謝)されます。興味深いことに、脂肪細胞が脂肪を貯め込んでいくと(つまり太ると)、アディポネクチンがだんだん合成されなくなっていきます。太ることで、脂肪を燃やしたり、ブドウ糖を取り込んだりして利用しにくくなってしまうのです。つまり、太ると、どんどん太りやすい体質になるわけです。逆に、継続的な運動をしたり、脂肪(特に内臓脂肪)を減らしたりすると、アディポネクチンの合成量が増えてきます。運動が、メタボリック症候群の予防や解消に効果がある理由の一つです。

 

p.223
以上をまとめると、「メタボな食生活」を続けていると、PPARγ遺伝子のDNAメチル化のように、「メタボなエピゲノム」が確立されてしまうことがわかります。

「豊かすぎる食生活」という、人間がこれまで経験してこなかった大きな環境変化により、脂肪細胞などでエピジェネティックな変化が蓄積していくのでしょう。

 

p.246
ところが、最近になって環境によって獲得された形質の一部が、エピゲノムの記憶を介して次世代に引き継がれることが少しずつわかってきました。つまり「環境」と「遺伝」は相互作用するのです。

 

p.248
エピジェネティクスでよく話題にのぼるのが、母胎で胎児が成長している際に飢饉にあうと、その子は出生後、心臓病や糖尿病、肥満や、乳ガンになりやすいという報告です。つまり、一人の人間の形質に、環境要因が世代を超えて影響を与えるというのです。これは、その影響の大きさを考えると、かなり衝撃的な内容です。
これらの証拠は、主としてオランダやスウェーデンの「コホート研究」(一定の要因の影響を受けた集団と、そうでない集団について、継続的に疾患のなりやすさを比較解析する疫学調査の手法、要因対照研究とも言われます)から得られています。

 

p.250
パーカー博士はこれらの研究から、胎児期の栄養環境が成人時の健康に影響を及ぼすという「パーカー仮説」を提唱しました。

出生時の体重が少ない赤ちゃんが成人し、過剰な栄養を摂取すると心臓病やII型糖尿病の発症リスクが高くなることが知られています。胎児期に栄養が不足していると、飢餓に対応するための遺伝子が活性化し、これが記憶されます。これにより、成人になった際、同じカロリーを摂取しても、通常の人間より効率的に利用することができるようになります。飢餓のときは良いのですが、現在のように飽食の時代になると、このような飢餓に対抗する遺伝子がアダとなるというわけです。

 

エピゲノムと生命 (ブルーバックス)

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エピゲノムと生命 DNAだけでない「遺伝」のしくみ (ブルーバックス)

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【書評】「日本再興戦略」(落合陽一)のレビュー

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

落合陽一流日本再興戦略は現代人なら要チェック。

評価:★★★★★(5/5)

 

学びと感想

相変わらずおもしろいパラダイムを次々と提供してくれる、今一番注目している人が落合陽一先生。

基本的にNewspicksのWeekly Ochiaiの内容をブラッシュアップした内容になっている(流石に食欲の秋については一切出てこないが)。

人間が存在する価値はリスクを取れるかどうかという考えには心の底から納得した。統計的にしか解を導き出せない機械と差別化できるポイントはリスクを取って新たな価値提供ができるかどうか。面白いことができるかどうかだと再認識した。昔も今も未来も、マーケティングっていうのはそういうことなのかなと思う。

また東洋思想について学ぶ機会を儲けようと思った。西洋のイノベーターにはないひらめきをしようと思ったら、西洋人にはない思想を学ぶことが必要だ。

あらゆることにトキメキながら、あらゆるものに絶望して期待せずに自分の価値を見出しながら生きていきたい。

 

引用

p.22
変わり続けることを変えず、作り続けることをやめない

 

p.22
指数関数的成長にとって、全ての点は、いつでも始まったばかりだ

 

p.30
「欧米」とはユートピア(どこにもない場所)であり、日本人の心の中にしかないものです。

 

p.36
こらからの本質的な問題は、「我々はコミュニティをどう変えたら、次の産業革命を乗り越えられるか」ということなのに、「どの職業が食いっぱぐれるのか」という議論ばかりをしているのです。

 

p.46
我々は東洋人なのにもかかわらず、あまりに東洋のことを軽視しすぎです。バックグラウンドにある東洋思想を学ぶべきなのです。

 

p.57
日本のように、フランス並みの歴史があって、中国並みの生産設備を持っていて、アメリカ並みの金融市場がある国というのはまだチャンスがあるのです。その良さを踏まえた上で、今、我々の足かせとなっている、近代的なものの考え方や、伝統的特性、今足りないものの入手など、更新をしていくべきなのです。

 

p.88
長期戦として文化を育むことが大切ですが、今、まず必要なのは、社会に富を生み出したかどうか、ちゃんと考えることです。社会にどう貢献しているのかを考えるということです。
その視点でいくと、きれいに士農工商の順に富を生み出しています。クリエイティブクラスは確実に富を生み出していますし、農育む確実にモノをつくっていますし、工もモノをつくっています。しかし、商はモノをつくっていません。

 

p.109
しかし、技術を発展させるのではなく、そうした近代的教育を施し、人の側を均すことによって、人は会話のプロトコルや行動のプロトコルをそろえることができ、結果として、大きくGDPが上がりました。全体で見れば生産性が高い社会になったのです。近代の定義する標準的な「人間」が人権や人格や個人などさまざまな概念とともに生まれたのです。
この「人間」の誕生による生産性が高い社会は、たとえば、角砂糖の角をそろえたような人を許容しますが、そこからはみ出した人を許容しません。

 

p.127
今は、都心の土地が高いので、所得が低い人に限って遠くに住まないといけませんが、往復3時間ぐらいかけて会社に通うのは、時間の浪費になる場合が多いです。5Gが普及して、自動運転も広がったら、通勤地獄はある程度緩和されるはずです。

 

p.138
今、障害と言われているものは、単なるダイバーシティのひとつになる。障碍者も、介護者が必要な高齢の方も、「体のダイバーシティが高い人」という位置づけになるのです。

 

p.176
もし我々が、受益者負担のオープンなブロックチェーンベースのサービスを提供できれば、アップルやグーグルやアマゾンにお金を抜かれなくても済みます。AirbnbやUberといったグローバルなシェアリングサービスも必要なくなります。ビットコインが中央銀行という仲介者を不要にしたように、シリコンバレーのプラットフォームを不要にするのです。日本発の日本で自己完結するプラットフォームをつくれるようになるのです。
さらに、日本国内でも各ローカルの事情に合ったプラットフォームをつくりやすくなります。沖縄トークンのようなローカルごとの仮想通貨が生まれたり、沖縄トークンを使って起業する沖縄のすごい起業家が生まれてきたりすれば、シリコンバレーのプラットフォームにもドルにも円にも依存しない、新たなローカル経済圏を生むことができます。こうしてシリコンバレー発プラットフォーム社会を超えていかない限り、我々は、永遠に裕福になれません。だからこそ、日本はトークンエコノミー化を今すぐに進めていくべきなのです。

 

p.191
外交面では、中国と対立しないのが重要なことなのですが、15年ぐらいの時間軸で見ると、中国はさまざまな面で大変なことになるだろうとは思います。
最大のリスクファクターはやはり人口です。一人っ子政策でのつけで急速な少子高齢化が進みます。人口バランスが一気に崩れるのです。習近平政権の時代はまだ安定しているかもしれませんが、習近平以後は、本当に何が起きるのかわかりません。
僕が危惧するのは、「天安門事件3」のような出来事です。1989年の天安門事件は衝撃的でしたが、あれと同じようなことが起こりえます。もし天安門事件3が起きたら、紅いシリコンバレーとして栄えている深センや香港といった地域は緊張が起こるのではないでしょうか。その意味でも中国は本当にヤバいです。

 

p.198
リーダー2.0時代のリーダーは、すべて自分でできなくてもまったく構いません。何かひとつ、ものすごくとがってきる能力があればよくて、足りない能力は参謀など他の人に補ってもらえばいいのです。

 

p.205
つまり、これからの時代は、複数の職業を持った上で、どの職業をコストセンター(コストがかさむ部門)とするか、どの職業をプロフィットセンター(利益を多く生む部門)とするかをマネジメントしないといけません。

 

p.206
トップ研究者になるためには、時代感覚をつかむことが大事なのですが、日本人はこれがすごく苦手です。時代感覚をつかむ能力は、実は投資能力と近い。だからこそ、ポートフォリオマネジメントの能力に加えて、金融的投資能力が求められるのです。
金融的投資能力とは、「何に張るべきか」を予測する能力です。

 

p.207
タコつぼにならないようにするためのコツは明確です。横に展開していけばいいのです。
ひとつの専門性でトップレベルに上り詰めれば、他の分野のトップ人材にも会えるようになります。

 

p.214
研究においては、コンテクストを理解していくことが大切です。コンテクストとは何かというと、たとえばリサーチであれば、「Aさんはここまでやった。Bさんはここまでやった。ただ、2人のリサーチを並べてみると、ぽっこり穴が空いているところがあるので、ここの知識を埋めることができると価値がある」というスタンスを立てて、実験を繰り返して解明していくことです。

 

p.226
こうした会社のシステムは、「採用した人材を流出させない」という点は正解なのですが、「イノベーションを起こす」ことには向いていません。本当は、いろんな人材が会社に入ってきたほうが、イノベーションが生まれやすいのですが、日本の企業では人材が滞留してしまいます。

 

p.228
これからの時代は、囲い込みという概念は無駄です。それよりも、人を流出しやすくして、新しいコラボレーションが生まれやすくしたほうが、イノベーションが生まれて、日本のGDPが上がることにつながるのです。

 

p.241
つまり、我々が持っている人間性のうちで、デジタルヒューマンに必要なものは、「今、即時的に必要なものをちゃんとリスクを取ってやれるかどうか」です。リスクをあえて取る方針というものは、統計的な機械にはなかなか取りにくい判断です。ここをやるために人間がいるのです。

 

p.244
最近、僕は「人類のよさは、モチベーションだ」とよく言っています。リスクを取るほどモチベーションが上がるというのは、機械にはない人間のよさなのです。
機械は正規分布の中にしか吸収されないので、リスクを取るほどモチベーションが上がる状態というのは、統計の中では出てきません。この「リスクを取る」ということが機械はすごく苦手ですから、人間はそこを強くしないといけません。
革命というのはモチベーションの塊です。統計の中からはなかなか出てこない結論です。ただ、モチベーションは、文化資本の再分配関係にものすごく依存しています。モチベーションを生むコンテクストは、文化から生まれます。

 

p.246
「手を動かせ。モノを作れ。批評家になるな。ポジションを取った後に批評しろ。」

悩んでばかりでは意味がない。とにかくまずやってみる。その繰り返しの末にオリジナリティが生まれ、世の中を変えることができる。

 

p.253
「ポジションを取れ。批評家になるな。フェアに向き合え。手を動かせ。金を稼げ。画一的な基準を持つな。複雑なものや時間をかけないと成し得ないことに自分なりの価値を見出して愛でろ。あらゆることにトキメキながら、あらゆるものに絶望して期待せずに生きろ。明日と明後日で考える基準を変え続けろ。」

 

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

 
日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

 

 

【書評】「光るクラゲがノーベル賞をとった理由」(生化学若い研究者の会/石浦章一)のレビュー

光るクラゲがノーベル賞をとった理由―蛍光タンパク質GFPの発見物語

GFP(緑色蛍光タンパク質)発見に関するエピソードや機能を初心者でもわかりやすく学べる。

評価:★★★★☆(4/5)

学びと感想

下村脩先生のハードワークによってGFPは発見されたが、最初はイクオリンの副産物的な扱いであまり注目されていなかったらしい。しかも下村先生自身、GFPよりもイクオリンの方に興味があったというのだから驚きである。

GFPは生命科学の研究発見に計り知れない貢献をした。目で見えるということは、私たちの二次感覚情報を使う領域を大きく広げた。GFPがなければ未だに解明していない事象が数多く残されていただろう。

またFRETの原理についても初心者にわかりやすく記載されている。化学を学んだ僕としては非常に馴染み深い内容であった。

僕たちは今後、GFP以上の発見をすることができるのだろうか。GFP以上の概念が見つかるのかと想像すると、わくわくが止まらない。

 

引用

p.19
蛍光ペンは明るいところではきれいな色に光って見えていますが、暗いところではまったく光りません。このように、自ら光を作らず、他から光を受けることで光を発する現象を「蛍光」と呼びます。

 

p.21
下村博士はオワンクラゲの体内から、この蛍光タンパク質(GFP)を世界で初めて取り出すことに成功しました。

なぜオワンクラゲは暗いところで光ることができるのでしょう?これは、オワンクラゲは蛍光タンパク質(GFP)とともに、発光タンパク質も併せてもっているからです。つまり、オワンクラゲは発光タンパク質によって(青い)光を出しておきながら、その光を蛍光タンパク質によって自ら吸収して別の(緑)色の光として出しているのです。

 

p.41
「光る」ことは「見える」ことにつながります。真っ暗な夜の海の中で船を導く灯台のように、光る物質は実験室において人間の目では見分けることが難しい、とても小さな生体分子や細胞を捜すために使われています。

 

p.46
このルシフェリンという物質はホタルなどの発光生物がもつ発光物質の総称で、ルシフェラーゼという酵素に触媒されて発光します。

 

p.47
当時、生物発光といえばこの「ルシフェリンールシフェラーゼ系」しかない、という認識があり、下村博士の上司であるジョンソン教授も例外ではありませんでした。そのため、「オワンクラゲにもルシフェリンールシフェラーゼ系が関与しているに違いない」という考えのもと、オワンクラゲからルシフェリンとルシフェラーゼを精製するための実験を始めたのです。

 

p.49
「上の人の話を素直に聞くような人間じゃない。そうかといって、人と争う気もないし、競争は嫌い」と自らの性格を語る下村博士。

 

p.52
海水中にはカルシウムイオンが多く含まれています。博士はこのことに気づき、カルシウムイオンの濃度が発光を調節することも発見しました。最終的には、発光を止めるにはpHを調節するよりも、溶液中のカルシウムイオン濃度を調節するEDTAという物質を使った方が便利であることがわかったのです。

 

p.54
ノーベル賞はこれまでにも、ラジウムや視床下部ホルモンの発見など、莫大な量のサンプルから非常に微量の目的物質を精製する、という仕事に対して栄誉を与えてきた歴史があります。ある意味、博士の研究方法はノーベル賞の王道パターンであったともいえます。

 

p.63
イクオリンにはタンパク質であるアポイクオリンにルシフェリンの一種である「セレンテラジン」という物質が結合しています。ここにカルシウムイオンが結合すると、アポイクオリンがルシフェラーゼのような役割をし、発光が起こるのです。つまり、イクオリンは全自動洗濯機のように、発光に関わる物質と、それを触媒する物質の両方の機能を持っているのです。

 

p.72
下村博士の発見した蛍光タンパク質GFPは、青色の光を受けると励起状態になります。この状態では、GFPのもつ電子が興奮して普段よりも高いエネルギーを持っている状態になります。一度励起状態になると、今度は自然に興奮した電子のエネルギー状態が下がり、エネルギーが変換されて緑色の蛍光を発します。これが「蛍光」が生じる原理です。

 

p.90
遺伝子組み換え技術を語る上で大切なものが三つあります。それは、プラスミド、制限酵素、リガーゼです。

 

p.90
まず、プラスミドはある生き物から別の生き物に遺伝子を移すときの運び屋として使われます。プラスミドは遺伝子と同じようにDNAからできていて、自身のDNAを複製して増やす仕組みをもっています。

 

p.91
遺伝子だけでは、自分自身を複製して増やす仕組みをもっていないのです。この問題を解決してくれるのがプラスミドです。自分自身を複製する仕組みをもつため、目的の遺伝子をプラスミドの適切な位置にはめ込むと、その遺伝子と一緒になって増えてくれます。

 

p.91
遺伝子をプラスミドにつなぎ合わせる場合には、つなぎ合わせたい遺伝子をもともとあった場所から切り出して、さらに、プラスミドにも遺伝子を受け入れるための切り込みをいれておく必要があります。そこでまず、切るときに使うのがDNAの「はさみ」である制限酵素です。

 

p.92
ただし、制限酵素によって切断したDNAをプラスミドにはめ込むには、目的のDNAとプラスミドをつなぎ合わせる「のり」が必要です。細菌から私たちヒトまで、すべての生物が、化学物質や紫外線で傷ついたDNAを修復するときにリガーゼという分子を使っています。この分子が、DNAの切れ端どうしをつなげるときに、「のり」の働きをするのです。制限酵素で切れた目的遺伝子の両端と、プラスミドの切れ目とをつなげてくれます。
以上のように、GFPの遺伝子の両端を制限酵素で切り出し、また同じ塩基配列を認識する制限酵素で切ったプラスミドと混ぜ、リガーゼと反応させれば、GFP遺伝子を持ったプラスミドの完成です!

 

p.94
プラスミドは細胞の中で自分自身を複製する仕組みをもっています。そのため、細胞の中に入れると、同じプラスミドがどんどん増えていきます。たとえば大腸菌に入れると、非常に効率よく多くのプラスミドを増やすことができます。

さらに大腸菌とともに増えるのはプラスミドにはめ込まれた遺伝子だけではありません。遺伝子からはタンパク質が作られるのでした。したがって、大腸菌の増加でプラスミドにはめ込まれた遺伝子がふえる増える結果、遺伝子から作られるタンパク質もまた大量に作られるようになるのです。

 

p.96
これまで述べてきたような遺伝子組み換え技術を利用することによって、オワンクラゲ以外の生物にもGFPを作らせることができるようになりました。

 

p.105
チャルフィー博士はGFPを線虫のからだの中で光らせました。

 

p.107
チェン博士はチャルフィー博士の発見を受けて、GFPの構造を変化させて緑色以外にも光る蛍光タンパク質を次々に作り上げました。

 

p.108
チェン博士の功績を二つのキーワードで言い表すことができます。「多色観察」、そして「FRET」です。
「多色観察」はその名の通り、観察しているものを多色に光らせることをいいます。たとえば、蛍光タンパク質を目印にして、あるタンパク質と、また別のタンパク質の動きを同時に見たいと思ったとします。もし、世界に蛍光タンパク質がGFP一種類しかなかったら、二種類のタンパク質を区別して観察することはできません。しかし、まったく違う色を持つタンパク質があれば、二種類のタンパク質の動きを、色の違いからはっきりととらえることができます。

もう一つのキーワード「FRET」は、少し化学的なお話です。FRETはForster Resonance Energy TransferまたはFluorescent Resonance Energy Transfer(蛍光共鳴エネルギー移動)の略語であり、二種類の蛍光タンパク質が非常に近づいたときにのみ生じる現象です。二つの異なる蛍光タンパク質が非常に近い(ナノメートル単位)距離にあるとき、片方の蛍光タンパク質が持っているエネルギーの一部がもう片方の蛍光タンパク質に直接移動する現象のことです。

 

p.110
CFPとYFPが存在するところにCFPの励起光(436nm)を当てると、通常ならシアン色の蛍光(480nm)が観察されます。ところが、CFPとYFPが非常に近い距離にあるとき、CFPから発せられた光をYFPが励起光として受け取ります。その結果、YFPが黄色の蛍光(535nm)を発します。図の右のグラフを見ると、CFPから放出される蛍光の一部が、YFPの励起光として吸収されることがわかります。CFPとYFPが近くにあるかどうかを、出てくる蛍光の色で判断できるのです。
このFRET現象を利用することで、注目する二つのタンパク質が、細胞の中で相互作用するかどうかを確かめることができます。相互作用をみたい二つのタンパク質に、それぞれCFPおよびYFPを付けておけばよいのです。もし二つのタンパク質が離れていればシアン色の光が観察され、もし相互作用して近くにいれば、FRETが起こって黄色の光が観察されます。タンパク質とタンパク質の相互作用を見ることができるFRETイメージングは、まさに分子の世界のやりとりを可視化する画期的な方法なのです。

 

p.117
外側を取り囲んでいるシート状の部分を、βシートと呼びます。これが並んでいる様子がGFPの立体構造の最大の特徴です。この構造はβバレルと呼ばれています。

 

p.123
では、なぜGFPはここまで浸透したのでしょう。ただ「光る」というだけならルシフェリンやイクオリンでも良かったはずです。GFPは単体で発光し、さらにそのサイズが大きすぎず、適度な大きさをもつという特長から、「タンパク質の可視化」において重要な役割を果たしてきたからなのです。

 

p.130
GFPは、「見たいものだけを見る」ということを可能にしました。

それに加えて、GFPの最大の利点は、「細胞を生きたまま観察できる」ということです。

 

p.133
がん細胞をGFPで印をつけておき、マウスの臓器に青色の光を照射すると、正常に見えていた部分に緑色に光っている塊が見られるようになります。これが、がんです。がん細胞にのみGFPを導入しているため、青色の光を照射するとGFPが緑色に光り、正常細胞と区別して明確に見分けることができるようになります。

 

p.153
内部の配列を少し改変したGFP(circularly permutated enhanced GFP: cpEGFP)に、カルモジュリンと、さらにそれと相互作用するタンパク質の断片(M13)を融合させます。
カルシウムイオンがカルモジュリンに結合すると、これがM13断片と相互作用して、GFPとのつなぎ目の部分で立体構造が大きく変化します。GFPの構造が変わることで、カルシウムイオンが結合していないときに比べて、強い蛍光を発することができるようになります。
カルシウムイオンによってGFPの構造が変わり、蛍光の強さが大きく変わることで、カルシウムイオンの増減が一目で分かるようになりました。こうして作製されたカルシウムセンサーは、G-CaMP(ジー・キャンプ)と呼ばれています。

 

p.156
GFP改変カルシウムセンサーならば、遺伝子組み換え技術によってある特定の細胞にだけ導入できるので、細胞を選択的に光らせることができます。

 

p.157
もう一つの利点は、GFP改変カルシウムセンサーは、長時間の観察に向いているということです。これまでの有機低分子センサーは、実験をしている間にどんどん酸化してしまい、徐々に蛍光が弱くなっていくため、長期間にわたって神経細胞の活動を追うことは、非常に困難でした。
しかし、GFP改変カルシウムセンサーの場合、センサー遺伝子を神経細胞にいったん導入すれば、長時間安定してセンサーの蛍光を得ることができます。実際に、GFP改変カルシウムセンサーをマウスの神経細胞に導入することで、同じ神経細胞から、数週間という長期にわたる活動を記録できるようになりました。

 

p.159
GFPは酸性のpH環境を嫌い、pH5.5以下では急速に蛍光を失ってしまいます。これを逆手にとって、pHの変化を感知するセンサーとして、GFPを使うこともできるのです。

 

p.161
シナプス小胞の中は、普段pHが5.6の酸性状態に保たれています。ところが、細胞の外側のpHはおよそ7.4なので、シナプス小胞の開口によって神経伝達物質が放出されるとき、小胞の中では大きくpHが変化することになります。
つまり、シナプス小胞の内側にGFPを結合させておけば、シナプス小胞の開口に伴って、今まで酸性環境で光ることのできなかったGFPが、蛍光を発することができるようになるわけです。これによって、GFPの光った時間から、神経伝達物質がシナプスへと放出されるタイミングを計測することができます。

 

光るクラゲがノーベル賞をとった理由―蛍光タンパク質GFPの発見物語

光るクラゲがノーベル賞をとった理由―蛍光タンパク質GFPの発見物語

 

 

【書評】「ブロックチェーン・レボリューション」(ドン・タプスコット/アレックス・タプスコット)のレビュー

ブロックチェーン・レボリューション ――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか

ブロックチェーンの仕組みと魅力を学べる本。

評価:★★★★☆(4/5)

 

学びと感想

ビットコインが用いている技術としても有名なブロックチェーンの本。

ブロックチェーンのアドバンテージと言えば、非中央集権化による安全性と自由化だ。本書ではブロックチェーンの魅力について、具体的な例を用いてたっぷりと学ぶことができる。

実際ブロックチェーン技術はこの社会に根ざすのだろうか。僕の考えでは、向こう数年から数十年では不可能だと思う。これから生まれてくるブロックチェーンネイティブが社会のイニシアチブを取るようになれば、ブロックチェーンもしくはそれ以上のシステムがスタンダードになるだろう。

非常に内容は濃いが、図が一切ないのでイメージしづらい部分があるかもしれない。

それ以外はかなりおすすめできる本である。

 

引用

p.5
暗号通貨が従来の追加と違うところは、発行にも管理にも国が関与しないと言う点だ。一連のルールに従った分散型コンピューティングによって、信頼された第三者を介することなく、端末間でやりとりされるデータに嘘がないことを保証する。

 

p.8
ブロックチェーンの主な特徴は、まず分散されていること。中心となるデータベースが存在しないので、乗っ取ろうとしても無駄だ。ブロックチェーンは世界中の参加者たちのコンピューターで動いているので、一台がダメになっても他でカバーできる。
もう一つ大事な特徴はパブリックであることを。ネットワーク上に置いてあるからいつでも誰でも自由に見られるし、データの正しさを検証できる。どこかの機関が大事に管理しているわけではないと言うことだ。
それにブロックチェーンには、暗号技術を利用したことがセキュリティーが備わっている。公開鍵と秘密鍵と言う2種類の鍵を利用して、自分の資産を確実に守ることが可能だ。ビットコインのブロックチェーンでは、取引データが個人情報と結びつかないので、大事な情報が盗まれたり流出したりする心配もない。

 

p.22
たいていの技術は末端の仕事を自動化しようとしますが、ブロックチェーンは中央の仕事を自動化します。タクシーの運転手の仕事を奪うのではなく、無駄をなくして運転手が直接仕事を取れるようにするんです。

 

p.39
マイナーはプルーフオブワークの仕事をして、ビットコインのブロックチェーンに新たなブロック(情報のかたまり)をせっせと追加していく。
マイナーたちは、ネットワーク上に流れてきた未処理データを集めて、新しいブロックの形に加工する。ただし、ロックを新しく作るためには、まず難しいパズルを解かなくてはならない。僕のは難しく、答えが合っているかを確かめるのは簡単なパズルだ。パズルが解けた人は答えをネットワークに送信し、参加者たちが答え合わせをして、答えが合っていれば公録として承認される。

 

p.44
現実的に考えて、ビットコインのネットワーク全体を出し抜く事は不可能では無いにしても、かなり難しい。世界中に数多くのマイナーが存在し、ネットワーク全体の処理能力が刻々と上がり続けているからだ。ネットワーク参加者が増えれば増えるほど、権力は広く分散され、不正をして支配権を握ることが難しくなる。

 

p.48
サトシ・ナカモトは、利己的な行動がネットワーク全体の利益になるようにビットコインを設計した。そこでは正しいことをするのが、1番自分の得になる。合意形成と報酬の仕組みがそのように作られているから、わざわざ不正をするメリットがどこにもないわけだ。

 

p.53
PKIの各ユーザは公開鍵と秘密鍵と言う2種類の鍵データをペアで持っている。公開鍵は誰でも見られるように公開するカギで、秘密鍵はパスワードのように自分だけしか知らない鍵だ。一方の鍵を暗号で、もう一方を復号に使用する。1つの秘密鍵で暗号化されたデータは、それに対応する公開鍵でしか復号できない。ビットコインではこのPKI生電子署名に利用して、なりすましや改ざんを防止している。誰かがあなたのお金を盗んだり、あなたになりすましてお金を使う事は、暗号学的に不可能なのだ。

 

p.112
コンセンシスでは、すべての従業員が経営方針の決定に参加している。ルービンは会社を車輪の「ハブ」に例える。中心となるハブから、いくつものプロジェクトが「スポーク」として広がっているイメージだ。

 

p.114
彼らが将来的に目指しているのは、人間によるマネジメントを完全に廃し、スマートコントラクトが全体を制御する自律分散型の組織だ。
そんなことが本当に可能なのだろうか?
「もちろん可能です」とルービンは言う。「グローバルな分散型ネットワークと言う基盤の上に巨大な知性が展開するんです。専門の部署を寄せ集めた大企業と言う構造は否応なく変わっていくでしょうし、人間ではなくソフトウェアが自由市場の中で協力・競争するようになるはずです」

 

p.116
ヒエラルキー型の組織がもてはやされたのも、そのためだ。上司は部下に命令し、部下はそれに従う。部下が忍耐強く従ってくれれば、調整コストは最小限に抑えられるし、契約違反でトラブルになる可能性も小さくなる。
単純作業なら、それが1番効率的だったかもしれない。しかし世の中は変化し、一人ひとりに創造的でイノベーティブな働き方が求められるようになった。

 

p.122
スマートコントラクトはブロックチェーン上の「契約」である。ただし、紙の契約書と違って、それ自体に強制力のある契約だ。あらかじめ日時は執行条件を設定しておけば、プログラムが勝手にそれを実行してくれる。
たとえば、「ある条件を満たすプログラムを変えたら100ドルを支払う」と言う契約があった場合、そのプログラムが動作テストを通過すると同時に100ドルがウォレットに振り込まれる。適当な仕事でごまかすことができないし、真面目に仕事をしたのにお金が振り込まれないという心配もない。
スマートコントラクトなら約束が守られるかどうかと言う心配はなくなるし、約束が破られた場合の訴訟コストも存在しない。安心してたような人たちとビジネスができるようになるだろう。

 

p.123
ブロックチェーンを活用すれば、管理職の仕事を最小限に減らすことができる。スマートコントラクトによる明確なタスク設定と報酬システムは、仕事の内容を透明化し、やるべき仕事の確実な成功を保証してくれる。管理職が見張って仕事をさせなくても、各自がプログラムのもとで主体的に成果を上げるようになるのだ。

 

p.131
ただし、部屋の提供者(ホスト)が十分な対価を得られているかどうかは疑問だ。予約が確定するたびに、ホストはAirBnBに対して数%の手数料を払わなくてはいけない。海外からの送金を受け取る場合、手数料もかなりの負担になる。また、部屋を貸す側も借りる側も、airbnbに個人情報を登録する必要がある。データベースが攻撃されたら一大事だ。
もっといいやり方がないだろうか。例えばブロックチェーンを利用して、分散型のairbnbを作ったらどうだろう?

bairbnbは一種の分散型アプリケーション(DApp)である。部屋情報はブロックチェーンで管理し、部屋の貸し借りは1連のスマートコントラクトで実行する。空き部屋の持ち主が部屋情報と写真を登録すると、旅行者たちは条件に合う部屋を簡単に検索できる。貸してと借り手の双方に評価システムがあるので、相手の評価を見てから取引するかどうかご判断することも可能だ。
従来のairbnbと違って、貸してと借り手は直接ネットワークでやり取りする。メッセージは暗号化された形で相手に送信され、airbnbのようにサーバーに保存される事は無い。この時に電話番号を教え合うこともできるので、そのままbairbnbを介さずに取引することも可能だが、bairbnbを使ったほうが都合の良い点がいくつかある。

 

p.137
①スマートコントラクト
スマートコントラクトは前述の通り、強制力を持った自動実行型の契約だ。決められた事は確実に実行され、意見の食い違いやトラブルの可能性を最小限に抑えられる。

約束が守られるかどうかと言う心配はなくなるし、約束が破られた場合の訴訟コストも存在しない。ビジネスの機会が大きく広がるだろう。ゆくゆくは弁護士の仕事がなくなってしまうかもしれない。

②オープンネットワーク型企業(ONE)
スマートコントラクトによって契約コストが削減されれば、多様で複雑な契約のネットワークを築くことが可能になる。
企業の内側と外側の区別は曖昧になり、どこの誰とでもシームレスな取引が実現できる。企業の境界は薄れ、ビジネスは今よりずっと流動的でフレキシブルなものになるはずだ。

③自律エージェント
この本では自分で周囲の環境読み取り、状況判断しながら仕事をするデバイスやソフトウェアを自律エージェントと呼びたい。自律エージェントは「インテリジェントな」ソフトウェアと呼ばれることもある。本物の知性を持っているわけではないけれど、単に決められたことをやるだけのプログラムとは本質的に異なるものだ。人間がいちいち指示しなくても、自律エージェントはその場に応じて適切な行動を取れる。

④自律分散型企業(DAE)
Blockchain技術と暗号通貨を基盤として多数の自立エージェントが手を結び、全く新たな企業体を形成していく。

 

p.180
ブロックチェーンを使った分散型IoTは、世の中の様々なレベルに革新を起こす可能性を秘めている。P2Pのネットワークを活用した新たなモデルは、次のように多くのメリットを与えてくれる。
・スピード(自動化された直接取引)
・コスト削減(仲介業者が存在しない)
・効率化と収益増加(余剰資源の再利用)
・処理能力の向上(ヒューマンエラーの余地をなくす)
・不正の防止(信頼を組み込んだプロトコル)
・システム信頼性向上(分散によるボトルネックの解消)
・消費エネルギー削減(ネットワーク運用エネルギー以上の大幅な効率化とフィードバックループ)
・プライバシー保護(各アプリケーションはブロックチェーンのプライバシールールに従う)
・インフィニット・データの収集と分析によるパターンの発見とオペレーション改善
・予測能力の向上(嵐、地震、病気、作物の収穫、消費行動など)

 

p.181
こうしたメリットの中核にあるのは、中心に企業や政府をおかない、完全に対等なネットワークだ。権限が分散されているので、もしも誰かが仲介役になって面倒な手続きを入れようとしても、今はそれを迂回して取引できる。

IBMはIoTに関するレポートの中で、ブロックチェーンIoTが引き起こす変化を「創造的破壊の5つのベクトル」として紹介している。リアルタイム検索と支払いによるモノの流動化、需要と供給の自動マッチング、リスク評価と信用のネットワーク化、システム利用の自動化、クラウドソーシングやオープンコラボレーションを活用したリアルタイムでパワフルな価値統合プロセス、と言う5つのベクトルが革命の推進力になってると説かれている。
要するにシンプルで効率的なマーケットが実現できるということだ。より広い資源へのアクセスが可能になり、低リスクで好条件の取引が可能になる。基本的なインフラさえ整えば、参入障壁は高くない(アプリを開発するだけで良い)。維持費用もそれほどかからない(いろいろな業者に手数料を払わなくていい)。送金手数料は劇的に下がり、誰でも銀行口座を持ったり融資を受けたりすることができる。マイクロペイメントで分単位での課金と決済も可能になる。
ブロックチェーンIoTは「分散型資本主義」を生み、再分配では無い富の「分散」を実現するだろう。ビジネスは企業の無法地帯ではなくなり、個人や企業や社会の価値が正しく評価されるマーケットが立ち現れる。

  

ブロックチェーン・レボリューション ――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか

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ブロックチェーン・レボリューション ――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか

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  • 作者: ドン・タプスコット,アレックス・タプスコット
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2016/12/09
  • メディア: Kindle版
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【書評】「アルツハイマー病は治せる、予防できる」(西道隆臣)のレビュー

アルツハイマー病は治せる、予防できる (集英社新書)

アルツハイマー病の概要とざっくりとした展望がわかる本

評価:★★☆☆☆(2/5)

学びと感想

アルツハイマー病の症状や原因と考えられる考えを学べる。

アルツハイマー病の原因と考えられる老人斑と神経原線維変化をいかに防ぐのかに焦点を当てて、今までの研究について書かれているが、メカニズム的な部分はそれほど詳しく書かれてはいない。

まだ明確なメカニズムがわかっていない中で、治療に向けたブレークスルーが見出されてきたことや、今後の研究開発の方向性や展望がまとめられている。

ただしメカニズムについても展望についてもそこまで詳しく踏み込んだ内容は書かれていないので、結局ざっくりとした内容しか頭に残らなかった印象。過去に行われてきた研究におけるトライアンドエラーについては多くの例が記載されている。

 

引用

p.33
認知症基礎疾患の67.6%はアルツハイマー病で、続いて多い順に脳血管性認知症が19.5%、レビー小体型認知症が4.3%、前頭側頭型認知症が1.0%だと報告しています。これらの4つの病気で認知症の9割以上を占め、とりわけアルツハイマー病が多いのです。

 

p.39
アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症のうち、予防できる脳血管性認知症を除いた3疾患は、現在のところ予防法も治療法もなく、患者が増え続けています。

 

p.52
アルツハイマー病で病変が広がる大脳皮質とは、大脳の表面の神経細胞が集まっている部分です。大脳皮質の神経細胞は2mmほどの厚さに6層の層構造をなしており、ここでヒトの高度な知的活動、精神活動が生み出されています。大脳皮質の下、つまり大脳の内部は神経線維の束である「白質」で、大脳皮質の神経細胞が情報伝達・情報交換をする場です。

 

p.54
アルツハイマー病で最初に神経細胞死が起きるのは、この海馬に神経細胞を投射する(軸索を向かわせる)嗅内野のあたりです。

 

p.60
機能が代償されにくいのは脳という臓器の特徴によります。まず脳では部位ごとに固有の機能を持っています。そして神経細胞のほとんどは分裂後細胞であること、さらに脳の部位ごとの機能は神経細胞が互いにつながって形成された神経回路によって果たされていること、こうした特徴があるため、ひとたび損傷した部位は代償されにくいのです。これがアルツハイマー病の治療を困難なものにしている理由でもあります。

 

p.64
しかし、現状では脳の再生医療の試みは、生体内で神経を再生するには至っていません。また、個々の神経回路は脳全体と連結し合っていますので、この連結を再現することはかなり難しいだろうと想像されます。さらに、神経回路に保存されていた記憶力や判断力は初期化していますから、初めから作り直さなければなりません。アルツハイマー病治療のための神経回路の再生については、それが可能なのかどうかもわからないというのが実際のところです。

 

p.65
現在、アルツハイマー病の根本治療薬はありませんが、症状の進行を抑える薬物療法があります。コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA(NメチルDアスパラギン酸)受容体拮抗薬による治療です。

 

p.66
コリンエステラーゼ阻害薬は、神経伝達物質のアセチルコリンの働きを強める作用を持っています。

 

p.71
そこで製薬会社が注目したのは、アセチルコリンの分解に働きかける方法です。
アセチルコリンが減少しているアルツハイマー病の脳では、分解酵素コリンエステラーゼが正常に働くと、次の神経細胞に到達して受容体に結合するアセチルコリンが少なくなり、情報伝達に支障が生じます。分解酵素の働きを止めることができれば、受容体に結合するアセチルコリンが増え、結果としてアセチルコリンを補充するのと同様の効果を期待できると考えたのです。

 

p.73
アルツハイマー病治療薬としてのコリンエステラーゼ阻害薬の開発では、脳内のアセチルコリンの働きを補って情報伝達を正常化させ、それでいて強い毒性がない物質を探し出すことが求められました。
ポイントは、「可逆性」と「脳にだけ効く」こと。

 

p.75
ドネペジルはアルツハイマー病の進行を9カ月から1年程度、遅らせることができるといわれています。

 

p.80
アルツハイマー病になっま人の脳は萎縮します。成人の正常な脳は1400g程度ですが、アルツハイマー病発症後10年の脳は800〜900gほど。脳は小さくなり、脳室という髄液のたまる部分が広がっています。大量の神経細胞が死に、減少した、すなわち脱落した結果です。

 

p.80
そして脳には2種類の異常が見られます。第2章で紹介したように、「老人斑」と「神経原線維変化」という病変です。老人斑は神経細胞の外側に、数μmから数百μmほどの大きさで、シミのように広がっています。神経原線維変化は神経細胞の中に起きていて、糸くずがたまったように見えます。

 

p.81
脳の萎縮、老人斑、神経原線維変化の3つの特徴がアルツハイマー病を示すものであることが次第に確認されていき、中でも老人斑と神経原線維変化のふたつの病変をターゲットとしたアルツハイマー病研究が始まりました。

 

p.86
このタンパク質は、「アミロイドβペプチド」と名付けられました。「β」は、アミロイドのβシート構造を指し、ペプチドとは小さな分子量のタンパク質であることを示しています。つまり、β構造のアミロイドたんあの断片といった意味です。

 

p.88
アミロイドβは、老人斑の実体であることが明らかになりました。

 

p.89
この神経原線維変化の構成部分は「タウ」というタンパク質で、神経原線維変化はそのタウが異常蓄積したものであることを明らかにします。

 

p.89
PHFになって神経原線維変化の構成成分になっているタウは、過剰にリン酸がくっついた異常な状態になっていました。リン酸化したタウは微小管から離れ、固まって、さらに「ユビキチン化」という異常が起きて分解されにくいPHF構造になり、細胞の中に蓄積していたのです。

 

p.92
こうして、老人斑の方が神経原線維変化よりもアルツハイマー病の上流に位置しているだろうと考えられるようになります。では、アルツハイマー病により独特な病変は老人斑と神経原線維変化のどちらかといえば、これも老人斑です。

 

p.93
アルツハイマー病の「主犯」は老人斑であり、その主成分であるアミロイドβだろうという見方が強くなっていきました。

 

p.94
アミロイドβ前駆体タンパク質(APP)が酵素によって切断されると、アミロイドβが作り出される=分泌されることが確認されます。

APPの特定の部位が酵素によって切断されるとアミロイドβが切り出されるのです。APPを切断するハサミの役割をする酵素はアミロイドβの分泌(secretion)を促すというので、セクレターゼと名づけられました。

 

p.95
そこで提唱されたのがアミロイドカスケード仮説=アミロイド仮説です。

ー神経細胞で産生されるとAPPからアミロイドβが切り出され、神経細胞外に放出されると、何らかの理由でこれが神経細胞の周りに蓄積(沈着)して老人斑になる。この老人斑が神経細胞にダメージを与えるなどの問題を引き起こし、シナプスや神経細胞が傷害され、細胞内部では神経原線維変化が起きる。そして神経細胞の機能障害、神経細胞死が起き、認知症になるー

 

p.113
第21染色体を3本持つダウン症(第21染色体トリソミー)はアルツハイマー病を発症しやすいことなどから、以前からアルツハイマー病とダウン症の関連が示唆されていました。このことから、アルツハイマー病の原因遺伝子も第21染色体上にあるのではないかと考えられたのです。

その第21染色体上に、アミロイドβを生み出すAPP遺伝子があるとわかったのです。

 

p.114
APP遺伝子の変異は、APPからアミロイドβを切り出すハサミとして働くふたつの酵素、βセクレターゼとγセクレターゼのうちのγセクレターゼに作用するものが多いようです。

 

p.115
このようにさまざまな変異がありますが、APP遺伝子の変異が原因で起きている家族性アルツハイマー病は1割程度と少数です。

 

p.116
プレセニリンはAPPからアミロイドβを切り出すハサミのひとつ、γセクレターゼを構成するか、あるいはその中心となって働く酵素だと考えられます。

 

p.117
問題はアミロイドβ40とアミロイドβ42の比率にあるようで、アミロイドβ42の比率が高くなることが老人斑の形成につながります。そしてアルツハイマー病の病理カスケードが進みます。

 

p.118
特定のタイプのアポリポタンパクE(アポE)は、アルツハイマー病の最も重要な危険因子だとわかったのです。

 

p.119
アポE4を持つひとは、どちらかといえば少数の型といえます。ところがアルツハイマー病患者の多くはこの型でした。リスクが最も高いのは、ε4/ε4の遺伝子タイプで、ε3/ε4よりアルツハイマー病の発症年齢が早まり、発症率が増加します。

アポE4の遺伝子はアルツハイマー病のリスク遺伝子ではありますが、原因遺伝子ではないのです。

やはりアポE4はアルツハイマー病の上流にかかわってアミロイドβの蓄積や凝集を促進させるために、アルツハイマー病になる年齢が早まるようです。

 

p.134
脳の血管には血液脳関門という機構があり、血液中から脳に必須な物質だけが取り込まれ、ほかの物質は排除されます。全身を制御している重要な臓器である脳を守るための機構ですが、この機構があるために薬なども脳に入りにくく、タンパク質の一種である抗アミロイドβ抗体が血液脳関門を通るとは到底考えられませんでした。
しかしシェンク博士は、ごくわずかでも抗体が血液脳関門をすり抜けて脳に入ることができれば効果はあると考え、実験を進めました。

 

p.139
アミロイドβはAPPから切り出されます。

APPは「膜タンパク質」のひとつで、細胞膜を縫うように突き刺さる「膜貫通タンパク質」というタイプです。細胞膜に突き刺さったAPPからアミロイドβが切り出されます。APPは分子量約7万、アミロイドβは分子量約4000ですから、アミロイドβはAPPのごく一部の断片であることがわかります。

 

p.140
アミロイドβが切り出されるのはどこからか。培養細胞の実験によって見つかったのは、APPのアミノ酸配列の3か所の切断部位と、それぞれに作用する酵素でした。この酵素は、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の一種で、セクレターゼと総称されます。前述のように、アミロイドβの分泌(secretion)を促すので、セクレターゼと名づけられました。αセクレターゼ、βセクレターゼ、γセクレターゼと名づけられた3つの切断部位で、ハサミとして働きます。

 

p.141
切断にはふたつの経路があります。ひとつはまずαセクレターゼが作用して次にγセクレターゼが作用する、もうひとつは、まずβセクレターゼが作用してγセクレターゼが続くという経路です。
前者の経路でαセクレターゼとγセクレターゼが働くと、アミロイドβよりも短いアミノ酸配列が切り出されます。この断片はp3と呼ばれますが、分解されて蓄積することはありません。
後者のβセクレターゼとγセクレターゼが働いて切り出されるのが、アミロイドβです。

 

p.141
主にアミロイドβ40と42とがあって、アミロイドβ42のほうが凝集しやすく、毒性も強いことがわかっています。さらに私たちは、アミロイドβ43が非常に毒性が強いことを2011年に発見しました。アルツハイマー病にはアミロイドβ42、43がより深くかかわっていると考えられるのです。

 

p.142
どのタイプであっても、アミロイドβを切り出すのは、βセクレターゼとγセクレターゼであり、γセクレターゼの働く部位の違いがアミロイドβのタイプによって異なるようです。
そこでアルツハイマー病根本治療薬のターゲットとなるのが、ハサミであるβセクレターゼ、あるいはγセクレターゼです。このどちらかの働きを阻害すれば、アミロイドβの産生は抑制されると考えられます。つまりβセクレターゼ阻害薬あるいはγセクレターゼ阻害薬によって、アルツハイマー病は食い止めることができると考えられるのです。

 

p.144
γセクレターゼはAPPからアミロイドβを切り出す働きをするだけではありません。APP以外の重要なタンパク質を切り出すときにも作用していることがわかっていました。セマガセスタットの使用によってそのタンパク質に問題が生じ、副作用が出たと考えられます。

 

p.148
βセクレターゼ阻害薬も、アミロイドβの産生を抑制することに成功したとしても、異常が起きることがありえるという、γセクレターゼ阻害薬と同様の問題が明らかになったのです。そこで多くの製薬会社は現在、APPの切断にだけ作用し、ほかのタンパク質に影響しないβセクレターゼ阻害薬の開発を進めています。

 

p.148
そうした中で注目されるようになったのがタウをターゲットとした創薬です。
アミロイドβはアルツハイマー病の二大病変のひとつである老人斑の主な構成成分ですが、タウはもうひとつの病変である神経原線維変化の主成分です。

 

p.149
アミロイドβの蓄積がなければタウの異常凝集は起きないわけで、アルツハイマー病の流れの、より上流にあるのはアミロイドβです。

 

p.150
アミロイドβも凝集の過程で毒性を持ち神経細胞を死滅させますが、直接的に認知症にかかわるのはタウだともいえます。

 

p.172
だせの脳でもアミロイドβは産生され、分解されています。その産生速度と分解速度のバランスが保たれていれば、一定量のアミロイドβが脳にあっても、蓄積することはありません。

家族性アルツハイマー病では、アミロイドβ42の産生速度が加速しますが、分解速度は変わりません。そこで産生と分解のバランスが崩れ、アミロイドβ42が凝集・蓄積します。
また産生速度は変わらなくても、分解速度が落ちればバランスが崩れます。結果としてアミロイドβは蓄積されます。これがアルツハイマー病の脳で起こっていると私たちは考えたのです。

 

p.174
アミロイドβが蓄積するか否かは産生と分解のバランスで決まる。つまり、分解系は産生系と対をなしてアミロイドβの量を決めているわけです。仮に分解系の活性が半分に減り、働きが鈍ると、産生系が2倍の速度になるのと同じくらいアミロイドβの蓄積を進めることになります。

 

p.177
アミロイドβオリゴマーは、タウのリン酸化という異常を誘導することもわかっていますから、毒性を発揮するだけでなく、神経原線維変化を作ることにも影響します。この異常なタウあるいは神経原線維変化は毒性を持っているので、シナプスや神経細胞を傷害し、機能不全を起こします。神経細胞が死滅すれば脳は萎縮します。そして認知機能の低下が起きる。このようにアミロイドβの毒性とタウの毒性とが複雑に絡み合い、影響し合ってアルツハイマー病が進行するのです。

 

p.184
最終的にネプリライシンが主要なアミロイドβ分解酵素であることを私たちが確認したのは、ネプリライシンノックアウトマウスの実験の結果です。

 

p.192
モーリス水迷路試験とは、円柱形の水槽内にプラットフォームを1か所設けて水を張り、その水槽の中にマウスを放すトライアルを繰り返す試験です。水を嫌うマウスは泳ぎ回りますが、プラットフォームに到着すれば休むことができます。
どのマウスもはじめは闇雲に泳ぎますが、トライアルを繰り返すうち、記憶学習能力が正常なマウスはプラットフォームに到着するまでの時間が短くなります。周囲の景色とプラットフォームとの位置関係を学習・記憶するからです。記憶学習能力に障害のあるマウスは何回繰り返しても到着時間が短くはなりません。そこで到着時間の評価から記憶学習能力、認知機能が判定できるわけです。

 

p.193
この遺伝子治療はウイルスベクターを血液などに投与すればよいので、注射で行うことができます。ネプリライシン遺伝子は脳では広範囲にいきわたり、ネプリライシンを活性化させてアルツハイマー病の原因であるアミロイドβや毒性の高いアミロイドβオリゴマーを減少させます。
ウイルスベクターは安全で、また、脳内でネプリライシンの量をコントロールできることがわかっています。また、脳以外の臓器には影響しません。この方法ではネプリライシン遺伝子の働きは長く続き、一回の注射で10年以上の効果が期待できるので、予防法としても優れています。
重要なのは、この治療ではアルツハイマー病発症後の認知機能の低下も改善できるということです。

 

p.195
探索の結果、私たちが突き止めた鍵、ネプリライシンの活性を調整する因子は「ソマトスタチン」というペプチドでした。

 

p.196
ソマトスタチンの減少は、
→ネプリライシンの活性低下
→アミロイドβやアミロイドβオリゴマーの分解の低下
→アミロイドβの蓄積やアミロイドβオリゴマーの形成
→アルツハイマー病へ
という流れを引き起こすと考えられます。

 

p.197
さて、ソマトスタチンという鍵がソマトスタチン受容体(SSTR)という鍵穴に差し込まれるとネプリライシン活性化システムが作動し、アミロイドβの分解が促進されるとわかりました。これはネプリライシンを活性化させる薬の開発、創薬の可能性を示しています。

 

p.203
アメリカでは2011年に成立した国家アルツハイマープロジェクト法(NAPA)に基づき、国家プランが策定されています。その第一の目標として掲げられているのは「2025年までにアルツハイマー病の予防と効果的な治療を実現する」ことです。

 

アルツハイマー病は治せる、予防できる (集英社新書)

アルツハイマー病は治せる、予防できる (集英社新書)

 
アルツハイマー病は治せる、予防できる (集英社新書)

アルツハイマー病は治せる、予防できる (集英社新書)

 

 

【書評】「ゲノム編集の衝撃」(日本放送協会)のレビュー

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

ゲノム編集の概念と実態についてわかりやすく書かれた入門書。

評価:★★★★☆(4/5)

 

学びと感想

ゲノム編集について書かれた本は何冊か読んだが、この本は一般人にもわかりやすく書かれている。ゲノム編集と遺伝子組み換えとの違い、クリスパー・キャス9という技術の社会的インパクト、歴史、最新の研究動向などが、難しい専門用語をほとんど使わずに紹介されているので、ゲノム編集の入門書としてふさわしい。

テクニカルな知識ではなく、ゲノム編集技術の持つ魅力とその危険性について私たちが最低限知っておくべきことにフォーカスを当てて説明がされており、正しい知識を得ることができる。

クリスパー・キャス9とZFN、TALENとの違いが素人でもわかりやすくまとめられているのは良かった。

研究者への取材についてもされており、実際に今、ゲノム編集と絡めてどのような研究が行われているのか、その研究がどういった影響を今後与えることが期待されるのかを知ることができるのも興味深い。

ゲノム編集についての深い説明はされていないため、さらに知識欲を満たしたい場合は他の本と併読することをおすすめするが、ゲノム編集の抽象的な全体像を把握したい人には非常におすすめできる本である。

 

引用

p.56
遺伝子組み換えは、種を超えて新たな遺伝子を「挿入」する技術だ。

 

p.56
それまで糖尿病の治療薬のインシュリンはブタなどのすい臓から抽出されていた。しかし遺伝子組み換え技術によって大量生産ができるようになった。大腸菌や酵母の遺伝子にヒトのインシュリンの、遺伝子を組み込んで培養することで、ヒトのインシュリンを大量に製造できるようになったのだ。これは糖尿病の治療に大きな貢献を果たした。

 

p.58
遺伝子組み換えは偶然に頼った技術だった。長い時間と手間を要する、誰もが簡単にできる技術ではなかったのだ。
これを、狙い通りにできるようにしたのが、ゲノム編集だ。

 

p.59
ノックアウトマウスをつくるには、多くの労力と時間がかかる大変な作業だったのだ。

 

p.62
ジンクフィンガーは、一つが三つの塩基をセットで認識する。

 

p.62
一つの塩基に一つのTALリピートが結合するようにしたのだ。

ターレンは、標的としていないDNA配列を誤って切断してしまうことが少ないとされていて、評価は今もなお高いものがある。

 

p.66
クリスパー・キャス9は、大きく二つの要素から出来ている。RNAで出来た「ガイドRNA」と呼ばれる部分と、DNAを切断する酵素であるキャス9と呼ばれる部分だ。
ガイドRNAは文字通り、DNAのどの部分を標的として切断するのか案内するガイド役だ。

 

p.68
そのガイドRNAは、DNAの二本鎖を切断する酵素(制限酵素)であるキャス9と、一つの複合体を形成する。これを、遺伝子操作をしたい細胞に組み込むと、目的のDNAの配列を探し出し、キャス9がDNAを切断するのだ。

 

p.69
今、RNAは極めて簡単に作製できる。第一世代や第二世代のゲノム編集でガイドとして使っていたタンパク質が、第三世代のクリスパー・キャス9では必要なくなり、RNAとキャス9を準備するだけで事足りるようになった。作業のプロセスはこれまでとは比較にならないほど容易になった。この手軽さが、クリスパー・キャス9の爆発的な普及の理由だ。

 

p.70
植物には細胞壁があるため、クリスパー・キャス9を細胞の中に届けるのが難しいからだ。そのため、植物の場合には遺伝子組み換え技術を使ってガイドRNAとキャス9を発現する遺伝子を組み込んだ細菌(ベクター)を細胞内に入れ込む方法が取られている。

 

p.72
ゲノム編集は、ねらった遺伝子だけをターゲットにしないケースがあることもわかっている。「オフターゲット作用」と呼ばれる現象だ。

 

p.144
HIVは、血液に入り込むと白血球に取り付いて増殖することが知られている。白血球の表面にある突起にくっつき、それを足がかりに、白血球の中に侵入し、増殖していくのだ。そこで、サンガモ社では、白血球のこの突起に関係した遺伝子をゲノム編集(ZFNによる)で切断した。そうすることで、白血球の表面から突起をなくし、HIVが白血球に侵入できないようにしたのだ。

 

p.148
本来ならT細胞は、がん細胞を攻撃するべきなのだが、がん細胞がこれを回避するような様々なトリックを行い、免疫機能をかわしながら増殖していくのである。がん細胞の、このいわゆる「主要免疫回避機構」と呼ばれる働きを抑え、免疫機能を強化することでがんの増殖を抑えようというのがCAR-T療法である。

 

p.155
しかし、筋ジストロフィーの場合、このメカニズムが異常を起こして、ジストロフィータンパク質がつくられなくなってしまう。エクソンの塩基がない状態になっているからだ。
エクソンの塩基がなくなると何が起こるのか。一部の塩基がそろわなくなり、そのずれによって、本来指定されるはずだったアミノ酸が指定されず、タンパク質をつくるのに必要なアミノ酸がそろわなくなり、病気になってしまうというのだ。

 

p.161
しかし、このXという配列がゲノムの中に二つ以上存在していた場合、ゲノム編集技術ではこの二つとも切ってしまう恐れがある。オフターゲット作用だ。そうなると、病気の一部が治ったとしても、ほかの部分で何らかの病気を発症する可能性があるし、場合によっては命にかかわることもあるかもしれない。
こうしたことを防ぐため、堀田助教はエクソン45の中でも、ほかに同じ配列が見られないユニークな配列の特定を進めた。そして、そこをピンポイントでターゲットにしたのだ。

 

p.176
【遺伝子組み換えとは違う派】
「ゲノム編集された生き物は、一般の生き物と同じだ」
こうした変異は自然界でも起きている。太陽からの紫外線や自然界の放射線で遺伝子は絶えず傷つけられ、細胞内では遺伝子の変異が蓄積されている。さらに、突然変異体として、すこし変わった生き物が誕生することは、生物の集団の中で絶えず起きている。

 

p.177
【遺伝子組み換えと同等に扱うべき派】
「ゲノム編集された生き物は、厳しいルールを適用して扱うべきだ」
先ほどの例に従えば、確かに白いカエルは自然界に存在する。しかし、その頻度はまったく自然界とは異なる。

つまり自然界で起きていることと同等とは言い難い。加えて、実際に人が遺伝子を操作しているという事実もある。

 

p.185
一つ目は、「どういう条件をクリアすれば安全な食品とみなせるか」という基準づくりだ。

 

p.186
二つ目は、一般の人たちにゲノム編集について正しい知識を持ってもらうとともに、何が不安なのかを聞き取る作業だ。

 

p.207
そして重要なのが「本気度」だ。研究者の中には、国などから出る研究費を獲得するテクニックとして、社会に受け入れられやすい目標を掲げたり、聞こえのよいテーマを設定したりすることが少なからずある。それとは対極の姿勢が必要となる。社会が本当に必要としていて、ゲノム編集でなければできないことに、困難があっても取り組んでいく姿勢だ。

 

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

 
ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

 

 

【書評】「テロメア・エフェクト」(エリザベス・ブラックバーン/エリッサ・エペル)のレビュー

細胞から若返る!  テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム

長生きをするためのヒントはテロメアにある。

評価:★★★☆☆(3/5)

 

学びと感想

テロメア研究の第一人者のブラックバーン教授の本。

長寿とテロメアの長さとの関係性、テロメアの長さを保つためにはどうすれば良いのかを具体的に学ぶことができる。専門的な科学的メカニズムに関する記述は薄いので、科学に関する知識がない人には読みやすく、日常生活にも活かしやすい内容となっているが、専門性を求める人にはおすすめできない。

ストレスがテロメアの長さを短縮するということはよく議論されているが、ストレスはテロメア長だけでなく身体の様々な疾患や健康状態に悪影響を与えるため、適度なストレスを維持するストレスコントロールは重要だとつくづく感じる。しかし、適度なストレスが無いとストレス耐性が全くなく、生きづらい人生になってしまうので、ストレスと快楽とのバランスを自分なりに保ちながら生きることがこれからの人生設計のポイントになると思う。

後半はテロメアを守るための食生活などの具体的なテクニックに関する記載が多く、メカニズム的な内容を期待していた僕には少し物足りなかったが、普段の生活で何を気をつけるべきかの指標にはなった。ライフスタイルの改善のためには非常に参考になるので、サイエンスに関する知識のない人が読むにはとてもおすすめできる。

僕もこれからは海藻類やナッツ類を食生活に積極的に取り入れようと思う。

 

引用

p.23
老化した細胞からは炎症誘発性の物質が漏れ出す可能性もあり、その結果、人は痛みに弱くなったり、慢性疾患にかかりやすくなったりする。そして最後、老化細胞の多くはあらかじめプログラムされていた死を迎える。

 

p.26
あなたの行動次第でテロメアを保持することは可能だ。これはまた、自分の生き方次第で、次の世代に分子レベルの有益な遺産を贈れるということでもある。

 

p.42
太陽の紫外線にさらされるとテロメアはダメージを受ける可能性がある。

 

p.48
極端に短くなったテロメアは炎症のサインをたえず送り続ける。だから、テロメアを健康的な長さに保たなくてはならないのだ。

 

p.58
老いを前向きにとらえていれば、そうでない人より七年半ほど長く生きられる可能性が高い。

 

p.61
あなたの細胞は、老いていく。けれど、そのときが来るより早く老いる必要はない。私たちのおおかたが本当に望んでいるのは、満足のいく人生を長く送ること、そしてそのために細胞の老化をぎりぎりまで遅らせることだ。

 

p.64
私たちはみな程度の差こそあれ、加齢によるテロメア・シンドロームの予備軍なのだ。

 

p.78
細胞分裂にともなうテロメアの短縮を、テロメラーゼは遅くしたり、防いだり、覆すことすらできるのだ。

 

p.84
重要なのは、テロメアに対するテロメラーゼの行動をうまくコントロールし、正しいときに正しい細胞に働きかけるようにさせるこただ。そうすることでのみ、テロメラーゼはテロメアと私たちの体を健康に保つことができる。どのようにそれを行うべきか、私たちの体はもともと知っている。生活のしかたを大きく改善すれば、それを後押しすることができるのだ。

 

p.88
人が生活の中でどんな出来事を経験するか、そしてその出来事にどう反応するかによって、テロメアの長さには変化が生じる可能性がある。いいかえれば、私たちは自分で自分の老い方を変えることができる。いちばん根源的な細胞のレベルでそれが可能なのだと、実験結果は物語っていた。

 

p.102
ストレスとテロメアの関係は用量反応的だということだ。

 

p.103
ストレスも少量ならば、テロメアを脅かさない。それどころか、短期的でコントロール可能なストレスは良きものですらある。そうしたストレスは、対応能力を鍛えてくれる。困難を乗り越えるための技術と自信を身につけることもできる。生理学的には、短期的なストレスは細胞の健康を高めさえする。

 

p.108
高いストレスのかかる出来事を経験すること自体が問題なのではない。そうした出来事が起こりもしないうちから、脅威を感じてしまうことが問題なのだ。

 

細胞から若返る!  テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム

細胞から若返る! テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム

  • 作者: エリザベス・ブラックバーン,エリッサ・エペル,森内薫
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2017/02/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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細胞から若返る! テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム

細胞から若返る! テロメア・エフェクト 健康長寿のための最強プログラム

 

 

【書評】「超AI時代の生存戦略」(落合陽一)のレビュー

超AI時代の生存戦略

これからの時代において楽しく価値ある生き方をする上で必須の、落合陽一先生の本。

評価:★★★★☆(4/5)

 

学びと感想

NewsPicksの動画などもちょくちょく見て勉強しているが、本書でも落合節が炸裂している。

すでに「べき論」で語る時代ではないことを再認識した。自分の周りに「べき論」で語る人間がいかに多いことか。そしてそれらの人の意見に納得ができない理由がわかった。

マーケットを新しく作り、他人のできない分野で一人ひとりが価値を出すことの重要性を学んだ。自分は何者でもなく、何者にもなれないのだから、自分という存在を極めていくしかないのだ。

ワークアズライフという生き方を体現するにあたり、ギャンブル的、コレクション的、快感的という指標が重要になってくると落合先生は説いているが、つまるところ自分が何に一番興奮するのかを突き詰めていくことがオリジナルな専門性に繋がると感じた。

今後の生き方を創造する上で良きツールとなる本であった。

 

引用

p.26
AIで自動化できる仕事をその地位に就いている人間から奪い、そこでできた余剰の資本を人機一体によりさらにクリエイティブを加速させ、他のコンピュータ親和性の高い専門家に注入して、より大きな問題を解決していこうとしている。

 

p.31
今の社会において、雇用され、労働し、対価をもらうと言うスタイルから、好きなことで価値を生み出すスタイルに転換することの方が重要だ。それは余暇をエンタメで潰すと言う意味でなく、ライフにおいても戦略を定め、差別化した人生価値を用いて利潤を集めていくと言うことである。

 

p.33
「ワークとライフ」の対比で捉えるのではなく、「報酬とストレス」と言う捉え方の方が今の働き方を象徴している。働く時間、休み時間と言う捉え方より、ストレスのかかることとかからないことのバランスの方が重要だ。

 

p.37
そういうような議論がある中で、人間性の定義と言うのは現在進行形で変わっており、これからも変わってくるはずだ。昨今の機械学習法の1つディープラーニングの発展とともに人間のように思考する知性は生まれつつある。

 

p.39
というのも、一人一人が責任感を感じられるレベルは、大体30人ぐらいが限度と言われている。ベンチャー企業やコミュニティ運営を見ているとまさしくそうで、それ以上大きくなると、責任の所在がわからなくなって、意思決定がしにくくなってくる。

 

p.41
そのような時代と言う観点では、世の中のグローバル経営者やトップランナーは時代を読み続けているのであるが、「時代の中で自分らしい」ということを目指せれば、グローバルの自分らしい人間に、そうでなければ、コミュニティ選びの方が重要になるだろう。その決断に優劣はない。

 

p.44
例えば、研究でもそうだが、全員が全員、違う方向に向かってやっていることに広い視点で意味がある。音楽業界でも、ミュージシャンそれぞれが何かで1位をとっていれば、全員が違う方向を向いて全体の多様性が担保されていくわけだ。
それらは、特定の一個のパイを奪い合うのではなく、パイをどうやって広げようか、と言う超AI時代の人間全体の生存戦略だ。

 

p.45
今まで言われてきた、「自分が自分の道を行く」と言うのは、競争の上でどういうキャラクターをつけていくかと言う話だった。
しかし今、その意味では全くなく、これからやらないといけない事は、全員が全員、違う方向に向かってやっていくことを当たり前に思うということだ。つまり、誰も他人の道について気にかけていない、そして自分も気にしていないと言うマインドセットだ。
今、この世界で他人と違うのは当たり前で、他人と違うことをしているから価値がある。もし、他人と競争をしているならば、それはレッドオーシャンにいるということだ。つまり、競争心を持つというのは、レッドオーシャンの考え方で、そうではなくて一人一人がブルーオーシャンの考え方をしなくてはいけない。

 

p.49
そのように、ワークアズライフの時代には、責任と戦略の取り方が1人の中でモザイク状になるというか、ある一部に注力して他はプラットフォームに任せて合理化していく時代になってきている。

 

p.51
すべての生活スタイルに置いて私たちの人間性を許容し、人間とはこうあるべきと言う「べき論」で語らないことが、超AI時代においては重要なことだと思う。

 

p.53
そういう時代に、私たちがどんな信仰心を今までと違って持たないといけないのだろうか。「〇〇と言う価値は自分にとってどういう意味があるんだろう?」や、「入ってくる情報は、自分の価値基準に照らし合わせたら、どういう意味なんだろう?」と言うことを全員が全員、別々に考えなければいけないわけだ。
その時に、自分にとっての価値基準や絶対的なもの=信仰がないと、自分の指針が取れない状態になってしまう。それは、どのように価値を決定していいかが判断できないからだ。

 

p.58
しかし、仕事になる趣味を作ると言うことがワークアズライフの生存戦略では重要なので、「仕事になる趣味を3つくらい持ちましょう」と勧めたい。

 

p.62
一度、自分の仕事の中で、「どこがギャンブル的なのか」と言うことを意識してみるのを進めたい。これはストレスと報酬関係を明記するということだ。

 

p.69
以上のように、あなたが何の報酬で喜ぶのかということを意識して、「遊び」として人生をデザインしていくことが、これからの時代のキーワードになるだろう。そしてこれは、どれが正解と言うことではなく、人それぞれ違っている。どれか1つに限定するのではなく、すべての要素が混ざっているパターンもいいだろう。
僕の場合であれば、研究をするということが好きな理由が3つある。評価が得られる、でギャンブル的と言うことと、作品が残ると言う点でコレクション的と言うことだ。また、成果自体が見える時は自分の五感の新たな体験として感じることができて快感的でもあるので、実は3つが適度に合わさっていると言える。
そして逆に考えれば、あなたのやっていることに継続性がないのであれば、この3つの要素がどれか欠落しているのではないだろうか。

 

p.72
自分がやっていることで何が残っていくのか、それを意識してほしい。

 

p.76
「これが受け入れられるには、どのようなコンテクストがあるのか?」や、「今、自分はどういう時代背景を生きているのか?」と考えることである。

 

p.85
「〇〇と言う出口があるから、出口をベースに入り口を考える」と言う思考が当然になってくるだろう。出口に繋ぐ能力は、インターネットがもたらしてくれ、その中間のコミニケーション能力と言うのも、インターネットによって強くなっていく。そうすると、プロダクトを作る入り口の時から、出口のことを考えながら進めるということが当たり前になっていてそれがすごく重要になってくる。
それを今の世の中では、「マーケティング能力」と呼んでいて、市場が何を必要としているかを人間が考えるわけだ。市場は何をしているかと言うと、需要を持っている。その需要に対して供給を与える能力だ。

 

p.87
顧客にとって、どういう利便性があるのかということを開発の段階から考える方が、作ってしまったものを得るより効率的だし、シンギュラリティ以降は必然的に開発自体とマーケティングは同義になってくる。

 

p.109
あと、論文と会議でのプレゼンを合わせて「学会発表」は行われるのだが、という事は論文もプレゼンの1種と言うことだ。そういうすると、プレゼンテーションとしての論文を考えたときに、「じゃあ、そのプレゼンで言いやすいものを作ろう」、もしくは、「言いやすいようにこの実験をしよう」と言うように組み立てる癖がつく。
つまり、プレゼンベースで仕事をすると、非常に仕事の効率が上がる。情報伝達のための仕事設計になるので、非常に効率的で重要なことだ。まず、プレゼンすることを先に考えて、スカスカのプレゼン資料を作ってから仕事を始める、と言う進め方は非常におすすめである。スカスカのプレゼン資料をどう埋めたらいいか、と言う順番でプレゼンベースに仕事をしたほうがはかどるだろう。

 

p.130
私たちも深層学習のようなもので動いているわけだから、おそらく人間が持っている能力のうちで重要なものは抽象化して特徴量の差を捉える能力なのだろう。抽象的なものとしてそのあらゆるジャンルの特徴量を持っていると、想像力の引き出し方が非常に充実するだろう。

 

p.150
それに対して、遺伝子レベルで好きそうでないもの、例えばサラダは、ビタミンは取りたくなるだろうが、遺伝子レベルではきっと中くらいのレベルだと思う。なので、このギャップを承知した上で、ラーメンを週一で食べるようにすると言う判断は凄く良い習慣だと思う。「今、自分は遺伝子レベルでこれを食べたいんだ」と言うように。

 

p.154
また、化粧品がコンプレックスビジネスと最初に述べたが、実は美人の顔は平均顔が多い。つまり、人間の顔を平均化していくと、美人になっていくのだ。
と言う事は、美しい顔は平均値なので、「平均値を意識することがない社会になっていく」のだから、それを気にする必要もなくなってくるということだ。Facebookなどを見ていて、美人の女性とイケメンの男性が結婚して子供ができると、すごく普通の子が生まれるなと思うことがあったが、きっとそういうことなのだろう。

 

超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

 
超AI時代の生存戦略

超AI時代の生存戦略

 

 

【書評】「これからの世界をつくる仲間たちへ」(落合陽一)のレビュー

これからの世界をつくる仲間たちへ

読むだけでワクワクする落合先生の本第二弾。

評価:★★★★★(5/5)

 

学びと感想

好きなことややりたいことに価値があるのかを的確に見極めるために、文脈の中での位置づけを逐一明確化する必要があり、そのための思考体力をつけることの重要性を学ぶことができた。

そしてインプットした知識を自分なりのオリジナルなストーリーに仕立て上げる解釈力こそが思考の基礎であり、世界で自分だけの価値を持つための最重要事項だと本書を読んで認識した。

いかに人と違ったことを考えるか、というよりも他人と比べず想像力に限界を設けないことこそが思考体力を鍛え、今後の時代における価値ある人間になるために必要なのかもしれない。

そのドライビングフォースが好奇心であり、要するにワクワクするかどうかだと個人的には思う。

 

引用

p.19
僕は、コンピュータが人間の社会にもたらす変化は、単に「昔より便利になった」とか「生活が楽になった」という次元のものではないと思っています。それはもっと根本的なレベルで、人間の生き方と考え方に変革を迫るはずです。つまり、コンピュータは電化製品ではなく、我々の第二の身体であり、脳であり、そして知的処理を行うもの、タンパク質の遺伝子を持たない集合型の隣人です。

 

p.29
大事なのは、算数を使って何をするかと言うこと。だからそれと同様に、プログラミングができるだけでは意味がない。それよりも重要なのは、やはり自分の考えをロジカルに説明して、ロジカルにシステムを作る能力です。

 

p.33
たくさんの違った常識を持つこと。複数のオピニオンリーダーの考え方を並列に持ちながら、自分の人生と比較し、どれとも違った結論に着地できないか、常に考えること、そういう頭脳の体力が大切です。

 

p.38
コンピュータに負けないために持つべきなのは、根性やガッツではありません。コンピュータになくて人間にあるのは、「モチベーション」です。

 

p.58
そのためこれからは、人間が「人工知能のインターフェイス」として働くことが多くなるでしょう。必要な情報は人工知能に与えてもらい、それを顧客に伝えるインターフェイスの部分だけを人間が担当するのです。

 

p.62
やはり、ホワイトカラーがやっているマネジメント業務はコンピュータに取って代わられ、その分、運転手のようなブルーカラーの収入は増えるわけです。

 

p.66
もし「維持コストのかからない管理職」がいれば、労働者に富を平等に分配できるはずです。しかし実際には、マネジメントできるほどのコンピュータが存在せず、「管理職」としての共産党や役人を食べさせなければいけなかった。そこが富を搾取するから、労働者は豊かになれなかったわけです。
そう考えると、先ほど紹介したUberなどは、ブルーカラーの平等と豊かさを実現するものとも言えます。配車というマネジメント業務を、電気代だけで動いてくれるコンピュータに集約することで、それが成立するのです。
コンピュータの発達によってこうした方式が広まれば、今までマネジメントと言う中間的な位置で食べていた人たちの仕事は必要ありません。

 

p.75
大事なのは、自分の能力を活かすために資本家組織が必要かどうかと言うこと。大企業を選ぶかどうかは、それを見極めた上で判断しなければいけません。

 

p.77
例えば米国の社会学者リチャード・フロリダは、それとは別に「クリエイティブ・クラス」と言う新しい階層が存在すると考えました。
簡単に言えば、これは「創造的専門性を持った知的労働者」のことです。現在の資本主義社会では、このクリエイティブ・クラスがホワイトカラーの上位に位置している。彼らには「知的な独占的リソース」があるので、株式や石油などの物理的な資本を持っていなくても、資本主義社会で大きな成功を収めることができるのです。

 

p.80
しかし大事なのは、成功したクリエイティブ・クラスをそのまま目標にすることではなく、その人が「なぜ、今の時代に価値を持っているのか」を考えることです。
それを考えれば、「誰かみたいになる」ことにたいした価値がないことがわかるはず。その「誰か」にだけ価値があるのですから、別のオリジナリティを持った「何者か」を目指すしかありません。「誰か」を目指すのではなく、自分自身の価値を信じられること。自分で自分を肯定して己の価値基準を持つことが大切です。

 

p.82
しかし、クリエイティブ・クラスの人間が解決する問題は、他人から与えられるものではありません。彼らの仕事は、まず誰も気づかなかった問題がそこにあることを発見するところから始まります。

でも山中教授は、自ら「こんな細胞があれば多くの患者の治療に役立てられる」という問題を考えだし、自分でそれを解決しました。真にクリエイティブな仕事とは、そういうものです。
そのような仕事は、勉強からは生まれません。勉強は基本的に、誰かが見つけて解決した問題を追体験するようなものです。

 

p.83
教科書を読んで勉強するのがホワイトカラーで、自分で教科書をかける位の専門性を持っているのがクリエイティブ・クラスだと言ってもいいでしょう。

 

p.86
そのため、コンピュータの存在が大きくなればなるほど、抽象志向だけのリベラルアーツは力を持ちにくい。メカニカルアーツとつながるリベラルアーツは価値を持ちますが、メカニカルアーツなしのリベラルアーツは経済市場においてほとんど意味がなくなります。

 

p.97
例えば、今は交通系のICカードでどの会社の路線にも乗車できるし、コンビニで買い物もできます。あのチップに何が入っているのか、ほとんどの人は説明できません。また外見上も区別がつきません。例えば、機械時計なら分解すれば、歯車の並びが力を伝えあって動いているのがわかるでしょう。しかし、我々には電気はもちろん見えませんし、ICの中にどんなプログラムが書き込まれているかは見ることができません。チップの動作はそれをプログラムした人の意向でいかようにも変化します。そうしたブラックボックス化があちらこちらで起こっているのです。

 

p.98
それに対して、現代の「魔術」は誰かが必ずその中身を知っています。「誰も理由がわからないのにうまくいく」と言う事は、一部の現象論的に記述された工学や、一部の人工知能アルゴリズム等の例外を除いて滅多にありません。魔術の裏側には必ず「魔術師」や「魔法使い」がいる。それこそが、暗黙知を持つクリエイティブ・クラスなのです。暗黙知を持つクリエイティブ・クラスにとって人工知能環境は、自らの欠点や他人で代替可能なタスクを行ってくれる第二の頭脳であり、身体です。彼らには人工知能は自らの存在を脅かす敵ではなく、自分のことをよく知っている「親友」となるはずです。

 

p.101
前章で述べたとおり、今の資本主義社会は物理的リソースではなく「人間」が最大の資本ですから、シェアできない暗黙知の持ち主が大勢いる会社が強い。専門性を絞ったからといって、将来の進路まで絞ることにはなりません。繰り返しますが、専門性が低く、何でも器用に処理できる浅く広い人材の方が、これからは人材としての価値を評価されにくいのです。

 

p.102
「オンリーワン」がそのまま「ナンバーワン」になれる可能性があるのです。
ただし、その「オンリーワン」が今の時代に何の価値があるのかを説明するロジックは用意しなければいけません。

 

p.108
そのためのサーベイ(事前調査)は、進路を決める上で極めて重要です。親や教師から「好きなことを見つけなさい」とか「やりたいことを探しなさい」と言われても、それだけでは漠然としすぎていて、どうしたらいいかわからないでしょう。「好きなこと」「やりたいこと」に価値があるのかどうかもよくわかりません。
それについて僕がよく学生たちに言うのは、「その新しい価値が今の世界にある価値を変えていく理由に、文脈がつくか」「それに対してどれくらい造詣が深いか」が大切だということです。
何やら難しい話のように聞こえるかもしれませんが、そんな事はありません。ここで言う「文脈」とはオリジナリティーの説明のことで、概ね次の5つの問いに落とし込みことができます。

・それによって誰が幸せになるのか。
・なぜ今、その問題なのか。なぜ先人たちはそれができなかったのか。
・過去の何を受け継いでそのアイディアに到達したのか。
・どこに行けばそれができるのか。
・実現のためのスキルは他の人が到達しにくいものなのか。

この5つにまともに答えられれば、そのテーマには価値があります。これを説明できると言う事は文脈で語れる=有用性を言語化できると言うことであり、他人にも共有可能な価値になる可能性があります。

 

p.128
コンピュータがあらゆることを記述していく、人は精神や心を持つ特別な存在ではなく、身体を持つコンピュータとして受け入れられていくことによって、今までの自然観(いわばデカルト的自然観)が崩れていく。唯一の知的生命としての人間が世界を解き明かしていくような世界観から、物質、精神、身体、波動、あらゆるものをコンピュータの視座で統一的に記述していくような計算機的自然観がデジタル・ネイチャーです。
そういう「自然環境」の中で、何かの価値を作り続けていく知的生産する側でいたければ、何とかしてコンピュータのもたらすプラットフォームから自らを差別化する手段を考える必要があります。

 

p.132
プラットフォームを形成するものは、コンピュータと結びついたコスト合理性とコモディティー化の波です。

 

p.134
コンピュータの使い方を覚えるのではなく、「コンピュータとは何か」「プラットフォームとは何か」を考え、自分が何を解決するか、プラットフォームの外側に出る方法を考えに考えて考えることが大切です。その「思考体力」を持つことが若い世代にとって重要になるでしょう。

 

p.137
思考体力の基本は「解釈力」です。知識を他の知識とひたすら結びつけておくこと。
したがって大事なのは、検索で知った答えを自分なりに解釈して、そこに書かれていない深いストーリーを語ることができるかどうか。自分の生きてきた人生とその答えはどうやって接続されていくのか。それを考えることで思考が深まり、形式知が暗黙知になっていくのです。
そういう能力は、考えたことの意味を「言葉や実装で説明する」努力をすることで養われます。

つまり、常に自分の仕事と関連させたらどんなことができるのかと言う観点で聞けば、じゃあ具体的にどうしようとか、もう少し突っ込んだ話が聞きたいとか質問が出てきます。

 

p.149
これからの時代、コミニケーションで大事なのは、語学的な正しさではなく、「ロジックの正しさ」です。

 

p.151
自分が発見した世界の問題を解決するためにコミニケーション能力が必要なのは、「世界は人間が回している」からです。

 

p.153
ところが世界が「システム」だと思い込んでいる人は、それは人間のせいだとは考えません。うまく稼働すれば「システムの優秀さ」、うまく稼働しなければ「システムの不都合や故障」のようなものと受け止めている人は多いはずです。そしてひいては自分も社会の主体であるにもかかわらず、「社会のせい」にしていってしまいます。

 

p.161
ここで大事なのは、自分にとっての幸せが何なのかをしっかり考えておくこと。なぜなら、今の時代は、SNSなどを通じて他人の生活が可視化されやすいからです。

だから、自分にとっての「幸福」が何なのかが曖昧だと、つい他人の幸福に目を奪われてしまい、「こいつらと比べて自分はなんて不幸なんだ」と嫉妬しているだけの状態になりかねません。そうやって不満やみじめさを心の中に溜め込んでいる人が今の時代には大勢います。

 

p.162
特にこれからの世界で考えなければいけないのは、「お金」と「時間」のどちらを大事にするかと言う問題でしょう。
なぜなら、今後の世界を支配するコンピュータにとって、「時間」は極めて重要な概念だからです。
コンピュータが演算をする際、コストを決めるのは「仕事」÷「処理速度」=「かかる時間」の1点だけです。ある結果を出すのに、どれぐらいの処理時間を要するかが問われます。それが今の「未来への距離」です。
世界のコンピュータ化が進めば、人間もそれと同じこと。時間が貨幣と同じような価値を持つことになるでしょう。
だとすると、人生を変える際には大きく分けて2つの基本方針があります。「時間を売り切りしてお金を稼ぐ」のか。それとも、「自由に使える時間を手に入れる」のか。

 

p.164
ワークライフバランスが問題になるのは、「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にしていないからです。解決したい問題がある人間、僕だったら研究ですが、そういう人が、できることなら1日24時間、1年365日後それに費やしたい。だから僕は、時間を売り切りしてお金を稼ぐのではなく、自由な時間をより多く得られる仕事を選んでいるわけです。ワークライフバランスなんて考えたこともないし、その街の事態が僕には必要ありません。

 

p.166
あなたがこの本を買った事は、もちろん投資です。本の場合、残る価値は「中古品として売れる」ことだけではありません(この本は売らずに何ども読んでほしいけど)。それよりも、自分の頭の中に残る情報の価値が大きい。読んだ自分自身の価値が上がるのです。その分、中古品としての価値がどんどん減っていくものより、投資価値は高いと言えるでしょう。大学の授業料など、教育的な観点のあるものも消費ではなく、投資に他なりません。
では、時間を売り切りしたお金で余暇を楽しむのは、どちらなのか。基本的には「消費」行動でしょう。そこで消費されるのは、お金だけではありません。余暇として使った時間も消費されています。
一方、ワークとライフを区別せず、自分のやりたいことに時間を使う生き方には、「消費」がほとんどありません。全ては自分の能力を高め、問題を解決するための「投資」なのです。
研究する、論文を書く、本を書く、そのために勉強したりデータを取ったりする。それらは全て「投資」となっていくのです。

 

p.172
したがって、これからの若い世代が考えなければいけないのは、「年収1000万円の会社に入ること(入って安心すること)」ではなく、「年収1000万円の価値がある人間になること」でしょう。

 

p.174
どんな職業でも、人の市場価値はそうやって年代ごとに上下します。だから自分の幸福感や経済感覚を考えるときは、年代別の「価値曲線」を引いてみることが大事。例えば若くてキャピキャピしていることでみんなに可愛がられているOLなら、市場価値が最大化するのは30歳位かもしれません。それ以降は、もう上がらない。ホワイトカラーの会社員なら、40代で市場価値が最大化するでしょう。50代以降はほとんどが会社にぶら下がっているだけなので、価値が下降していきます。
このように、自分の将来をイメージするときは、市場価値の「最高到達点」がどこにあるのかを考えておくべきです。

 

p.178
重要なのは、「言語化する能力」「論理力」「思考体力」「世界70億人を相手にすること」「経済感覚」「世界は人間が回していると言う意識」、そして「専門性」です。これらの武器を身に付ければ、「自分」と言う個人に価値が生まれるので、どこでも活躍の場を見つけることができます。
何より「専門性」は重要です。小さな事でもいいから、「自分にしかできないこと」は、その人材を欲するに十分な理由だからです。専門性を高めていけば、「魔法を使う側」になることができるはずです。

 

p.180
一般的に、「秀才」と言う言葉には、まんべんなく勉強ができる優等生と言うイメージがあります。そこには「専門性」がない。学んだことを利用して何でもこなせるジェネラリストが「秀才」です。
それに対して、「天才」は何か1つのことに対してスペシャルな才能を持っています。「何でもこなせる天才」はほとんどいません。また、「天才」ということによって説明を省略する癖が日本のメディアがあるように思います。

 

p.182
ちなみに、クリエイティブ・クラスには専門性が不可欠ですが、そのレンジが狭すぎると失敗の確率が高まります。だから、レンジをある程度広く取った「変態性」が重要です。

 

p.183
天才肌の人は得意なものが限られているので、その才能を生かす職種が最初から1つに限定されてしまうケースが多いでしょう。
しかし僕の言う「変態」は比較的レンジの広い専門性を持っているので、選べる職種も広い。

 

p.203
まさにそのタイトル通り、既成概念を打破するには「素人」と「玄人」の両面が求められると言えるでしょう。

一方、「玄人のように考えて、玄人のように実行する」の場合は、確実に何かを実現できるでしょうが、そこで解決されるのはかなりマニアックな問題になるでしょう。素人には全く見えない、その分野のエッジにある問題が解決されるだけです。狭い範囲でのマイナーチェンジはできますが、この世界を変えるほどのインパクトはありません。人の心を動かし、世界を変えようと思ったら、玄人にしかわからないものを作っていてはダメ。それは狭い範囲のカルチャーとしては生き延びることができますが、世界を変えることはできないでしょう。世界を変えるのは、もともと興味も関心もなかった人々の心を強烈にノックしてドアを開けさせるものやサービスです。そして、いちばん留意しないといけないのは、素人の心を失わないままに玄人になることです。それを考えながらキャリアを進めていく必要があると思います。

 

p.205
玄人が高度な技術や深い思想に基づいてクオリティの高いものを作っても、そこに素人も含めた万人共通の「wow!」がなければいけません。この「wow!」にもいくつか種類があって、1番簡単なのは「きれい」「美しい」と思わせるものを作ること。その次に簡単なのは、「ヤバい」「すげえ」と思わせることでしょう。
それよりも難しいのは、「楽しい」と思わせること。この感覚には文化祭があることも多いので、ある場所でウケたものが別の場所でもウケるとは限りません。

その「楽しい」よりもっと難しいのが、「なんだかジーンとした」という感動です。これは最も言語化しにくい「wow!」ですが、場合によってはその人の人生を変えてしまうほどのインパクトがある。

したがって、これからは「チームワーク」も重要になるでしょう。1人の人物が「素人のように考え、玄人のように実行する」のは限界があるからです。それを克服するには、チームを組んで勉強した方が良い。メンバーの誰かが素人のように考えて見つけたテーマを、専門性を持つ仲間が実行していくわけです。

 

p.208
でも、これからの世界は1人の天才では変えられません。何人もの「変態」が、お互いの専門性を掛け合わせることによって、世界規模の「wow!」を生み出す時代です。例えばパーマーはヘッドマウントディスプレーや古いゲーム機を収集するのが好きなギークだったように、猛烈に好きなことがある奴が集まると何か大きな化学変化が起きる。それを人はイノベーションと呼ぶのかもしれません。

 

p.214
自分の価値=オリジナリティと専門性を活かして、これまで人類が誰も到達できなかった地点に立つ。それが、僕の生きる意味でありかただと思っています。

 

これからの世界をつくる仲間たちへ

これからの世界をつくる仲間たちへ

 
これからの世界をつくる仲間たちへ

これからの世界をつくる仲間たちへ

 

【書評】「魔法の世紀」(落合陽一)のレビュー

魔法の世紀

パラダイムシフトはすでに起きている。

そんな時代の中でどう行きていくべきかを落合陽一が語る。

評価:★★★★★(5/5)

 

学びと感想

最近メディアでの露出も多い、研究者でもありメディアアーティストでもある落合先生の本。

落合先生は文脈のゲームではなく原理のゲームで戦うことを勧めている。サイエンス、ビジネスどちらも経験しているからこそ思うが、既存のモノに乗っかってプラットフォームを作るよりも、新たな概念としてのプラットフォームを作り出すほうが圧倒的に価値が高いしワクワクする。この原理性にこだわった生き方には激しく賛成だ。

結局は何が面白いと思うのか、何に夢中になって人生を掛けられるかを自分なりに決めることが今後生きていく上で重要だと思った。そのために知識や経験をインプットし、考えやアクションのアウトプットをアップデートし最適化していかなければならない。

結局人間の欲求は今後知識欲に行き着くと思うので、思考し続けることで、何が面白いのか、何が全体最適なのかを常に考えていきたい。

 

引用

p.21
魔法には無意識性(唯一の虚構性)がある。

 

p.25
非メディアコンシャス=物語の中の魔法のように、日常生活での空気のようにメディアが意識されない世界

 

p.34
「象徴的機械」という発想からの脱却をすべき。
象徴的機械=時代を象徴するようなデバイス
スマートフォンを使って何をするかではなく、コンピュータとはいかなるものかという本質を考えて、身の回りの生活や体験がそれによってどう変革されるのかを思考することが重要。

 

p.65
人間も自分たちをより確実に生存させるべくコンピュータを使っているうちに、気がつけばコンピュータにとってのミトコンドリアになっていくのではないか。

 

p.89
もはや「文脈のゲーム」は飽和しており、それで多くの人々を感動させるのは難しくなってきているのです。その時に僕たちは、20世紀に弱体化していた「心を動かす技術」としての「原理のゲーム」を、再び必要とし始めたのかもしれません。

 

p.92
「映像の世紀」の大きな特徴は、表現とメディアを分離させたことです。

 

p.113
とりわけここから先のアーティストに必要なのは、表現のスロット自体をアップデートしていく技術です。
新しいプラットフォームやインフラの再構成が起きることで、優位性を手に入れたのです。

 

p.118
どう問題を作り、(発見・定義し)、どう問題を解決するか。

 

p.119
一回のデモで実証されたとされる従来の研究では、もはやインパクトを与えないと考えています。それが実際に世の中の問題の解決手段としてワークするものになっていなければ、価値がないという考えを採用したのです。

 

p.142
それに対して、この製品があれば、ここでも使える、あそこでも使える…と、他の膨大な数の体験に製品の価値を掛け合わせていく発想が「掛け算の製品」です。

 

p.144
エクスペリエンスとは、一つの重要なキーワードです。エクスペリエンスドリブンの製品は、単に体験を生み出す装置という意味にとどまらず、コンピュータのサポートによる表層と深層の一致の中で、生活や社会の中にある問題を解決していくための装置にもなっていくはずです。

 

p.156
結局のところ、メディアの歴史というのは「自由度」が高くなる方へと進化してきたということです。

 

p.179
コンピュータが制御するモノとモノ、あるいは場と場の新しい相互関係によって作られ、人間とコンピュータの区別なくそれらが一体として存在すると考える新しい自然観そしてその性質を「デジタルネイチャー」と呼んでいます。

 

p.215
最初にどうやって「楽しむ」ためよ舵きりを与えられるのかが、モチベーションを作る上では極めて重要です。そして、この姿勢を決める最も原始的なところは、人間のフェティシズムからしか出てこない。

 

魔法の世紀

魔法の世紀

 
魔法の世紀

魔法の世紀