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【書評】「エピゲノムと生命」(太田邦史)のレビュー

エピゲノムと生命 DNAだけでない「遺伝」のしくみ (ブルーバックス)

エピジェネティクスはもちろんだが、生命科学の重要トピックを幅広くわかりやすく学ぶことができ、視野が広がる本。

評価:★★★★★(5/5)

 

学びと感想

分子生物学や遺伝学の専門書を読んでもわかりにくかった部分が明快に理解できた。

エピジェネティクスそのものというよりも、様々な生体メカニズムにエピジェネティクスがどの様に関わっているかが示されており、エピジェネティクスの影響が多岐にわたることが分かる。

エピジェネティクスに関する本といえば、仲野徹先生の「エピジェネティクス」が有名で、原理的な部分で言えばそちらのほうが詳しい。この「エピゲノムと生命」はより応用編といった感じだ。様々なケースに関する記述が多いため読んでいて飽きず、好奇心を刺激する。

個人的には、マクリントックが発見した、とうもろこしにおけるトランスポゾンの仕組みが特に明快でおすすめできる。

読むために専門的な知識もある程度必要だが、理系文系問わず必読。

 

引用

p.32
メンデルの法則には、いろいろ重要な内容が含まれています。その中でもっとも重要な概念の一つは、「遺伝情報は粒子として伝承される」ということです。

 

p.44
なぜ連鎖の強度が遺伝子間で異なってくるのでしょうか。モーガンらは、調べた遺伝子が、空間的に離れていることが原因だと考えたのです。つまり、同じ染色体上で離れた遺伝子の間では、それだけその間で染色体の切断・再結合の可能性が高い、つまり組み換えが起こる可能性が高くなり、逆に近接した遺伝子間では、組み換えの頻度が低くなるのではないかというのです。

 

p.59
なお、DNA上の塩基の種類は四つですから、一つのコドンで4の三乗通り、つまり64通りのアミノ酸が指定できます。

 

p.62
分化した細胞では、細胞一般の維持に必要な遺伝子と、分化した状態に必要な遺伝子が発現しています。
前者は、ちょうど毎日の家事のように欠かさず実行する必要があるので、「ハウスキーピング遺伝子」と呼ばれています。後者は分化した特殊な細胞だけで発現しているので、「ラクシャリー(luxury)遺伝子」と言います。ラクシャリーというのは「贅沢」という意味ですが、細胞にとって贅沢な遺伝子かというとそういうわけではありません。あくまで、「特別なときに使われる」という意味です。

 

p.65
開始コドンの5'側(上流といいます)を見ると、その近くにTATAという配列(TATAボックス)がよく見られますが、上流に存在するTATAボックス周辺の配列を「プロモーター」と言います。

 

p.65
つまり、遺伝子発現の制御を支配するDNA配列が遺伝子の外側に存在するのです。

 

p.68
ヒトのゲノム配列のうち、実際にタンパク質や、リボソームRNAなど機能を持つRNAに翻訳される部分というのは、全体の1.5パーセントに過ぎません。残りの部分は、イントロンの転写制御領域が20パーセントぐらいで、残りの80パーセント弱は一見すると遺伝子と関係なさそうな領域です。
そのため、以前この部分のDNAは「ジャンクDNA」と言われていました。

ジャンクDNAではあんまりですので、若干格上げされて「非コードDNA領域」と呼ばれています。

 

p.70
さらに、疾患に結びつくとされる個人間の一塩基の塩基配列の違い(単塩基置換多型、SNPs)の大半が、遺伝子外の非コードDNA領域に存在することがわかりました。

 

p.71
これらの保存された配列(「多種間保存配列」と言います)は、何らかの重要な機能を持っているため、生物種が変わっても維持されていると考えられます。

 

p.72
遺伝子の数が単純な生物と大差ないのなら、どうやって人間のような複雑な行動をする生物がプログラムされているのでしょうか。これには、いくつかの仮説があります。第一の仮説は「選択的スプライシング」という現象に立脚するものです。

第一の仮説では、このように、少ない遺伝子をいろいろな形に使い回すことで、複雑な生物を生み出すことが可能になると考えるのです。

 

p.74
第二の仮説は、本書のテーマである「エピジェネティクス」のしくみを基盤においています。

エピジェネティクスのしくみを使うと、DNAの情報に加えて、それをどう使うかという情報が書き込め、しかもそれを記憶することが可能になります。これにより、高等生物の複雑さをもたらす高度な遺伝子発現が成立するという説です。

第三の仮説は、非コードRNA領域から生み出されるRNAの積極的な関与を想定します。

 

p.78
このようなしくみを生物が獲得してきた理由の一つとして、二本鎖RNAをゲノムに持つウイルスが細胞に侵入してきたとき、RNAiのしくみによってその機能を失わせ、ウイルスの感染を防ぐためではないかという考えがあります。

 

p.79
このセントロメアには、後で詳しく述べますが「ヘテロクロマチン」という凝縮した部分が存在します。
細胞分裂期になるとセントロメアの凝縮したクロマチンを土台にして、「動原体(キネトコア)」という構造が180度正対した位置に二個作られます。動原体には細胞内の両側(両極といいます)に位置する中心体から伸びた微小管が結合し、ちょうど綱引きをするように引っ張られます。この張力により染色体が両極に向かって運動し、染色体分配が行われます。

 

p.80
分裂酵母のRNAiに関わる遺伝子(たとえば「ダイサー」)を(変異体を用いて)正常に動かないようにすると、染色体の分離に異常が起こります。セントロメアの機能が失われたのです。さらにこの変異株では、セントロメア領域からRNAが合成されていました。このRNAはセントロメア領域こDNAの両方の鎖からそれぞれ転写されています。両方の鎖から合成されたRNAは、お互いに相補的ですので、二本鎖RNAを形成できます。この二本鎖RNAが分解されることでsiRNAが合成され、RNAiが生じるのです。

 

p.81
転移性因子というのは、「動く遺伝子」とも呼ばれるDNA配列です。「トランスポゾン」と「レトロトランスポゾン」の二種類があります。トランスポゾンは自分自身のDNAをトランスポゼースという酵素で切り出し、他の染色体部位に挿入する「カットアンドペースト」型の転移性因子です。
レトロトランスポゾン(もしくはレトロポゾン)は、転写されて生じたRNAを鋳型として、逆転写酵素がDNAを合成し、これが別の染色体部位に挿入されることで、染色体上で増えていきます。レトロトランスポゾンは、つまり「コピーアンドペースト」型の転移性因子です。

 

p.87
これらのデータをもとに、1948年〜1950年にかけて、彼女は「動く遺伝要素が遺伝子を選択的に調節する」という新しい理論を構築しました。つまり、Acの存在する個体では、Dsが色素遺伝子Bzの近くに飛び込むと「色なし変異」となること、逆にBzの近くからDsが飛び出て別の場所に移動すると再び「着色」すること、また発色パターンや程度は、穀粒分化期における「Dsの転移時期に依存すること」などを突きとめたのです。
後に、DsやAcは4500塩基対の配列を持つトランスポゾンであることがわかってきました。また、トランスポゾンが遺伝子の近くに転移すると、その近辺の遺伝子の発現を抑制する現象(「サイレンシング」といいます)は、現在ではエピジェネティクスの機構で説明されています。

 

p.93
「ヘテロクロマチン」では、凝縮度が高いために転写因子がなかなかDNAに結合できず、結果として遺伝子発現が抑制されます。

 

p.94
DNAは酸性の性質を持っているので、プラスとマイナスの電気的な相互作用によってヒストンとくっつきやすい構造になっています。
ビーズとビーズの間はリンカーといい、ヒストンのうちH1が結合します。残りのH2A、H2B、H3、H4は、それぞれ二個ずつ、合計八個のヒストンが集まって、円盤状のヒストン八量体(コアヒストン)を形成しています。DNAは、ヒストン八量体の周囲に1.75回転分巻き付いた状態で結合しています。
それぞれのヒストンのアミノ末端(最初に翻訳されるタンパク質部分)には、「ヒストン・テール」といって、構造の不安定な領域がぶら下がっています。この部分には、リシンやアルギニン、セリンなどのアミノ酸が存在し、しかもその周辺の配列が生物種で保存されています。これらのアミノ酸には、後ほど説明するアセチル化やメチル化などのヒストン化学修飾が行われます。

 

p.95
クロマチンには陰と陽の2つのタイプがあります。陰は「ヘテロクロマチン」で遺伝子発現が抑制されます。陽は「ユークロマチン」と言い、活性な遺伝子が多く含まれます。ヘテロクロマチンには電子顕微鏡で観察した際に、凝縮した電子密度の高い構造として観察されます。ヘテロクロマチンに含まれるDNA配列の多くは「繰り返し配列」や「反復配列」です。ヒトの細胞では、レトロトランスポゾンや、テロメア、セントロメアなどの繰り返し配列の多い領域は、一般的にヘテロクロマチンになっています。

 

p.96
インスレーターはヘテロクロマチンの拡大を阻止するだけでなく、「ユークロマチン」の区画を形成する重要な役割もしています。 

 

p.102
クロマチンの状態も潮目が変わるように変化することがあります。ある細胞では遺伝子Aと遺伝子Bの間に境界がありますが、別の細胞では遺伝子Bと遺伝子Cの間に境界ができたりします。確率的に境界が変動するのです。このとき、遺伝子Bの発現を見てみると、前者の細胞では発現がオン、後者の細胞では発現がオフになります。つまり、同じ遺伝子でも細胞ごとにオンになったり、オフになったりするのです。

 

p.102
ショウジョウバエの変異体には、「逆位」といって一部の染色体領域がひっくり返っているものがあります。この際、ショウジョウバエの特徴でもある、眼の色を赤くするwhite遺伝子を含む領域が逆位するケースがあります。その場合、ショウジョウバエの眼の色が斑模様になります。
この現象は以下のように説明ができます。通常の染色体では、white遺伝子はインスレーター配列の外側にあり、ヘテロクロマチン領域に入ることはありません。したがって、必ず発現します。
ところが、図5-1下の逆位したケースではインスレーター配列が落ちてしまい、white遺伝子がヘテロクロマチンの近傍に移動します。この際、white遺伝子の近くのヘテロクロマチン領域の境界は、「潮目のメカニズム」で確率的に決まるようになります。
すると、ある眼の細胞ではwhite遺伝子がオンになり、別の細胞ではオフという状態になります。ショウジョウバエの眼は正常ですが、それぞれの眼の細胞でwhite遺伝子がオンになったりオフになったりするのです。このような理由で、ショウジョウバエの目が赤白の斑模様になるわけです。このような、遺伝子の位置によって細胞ごとに発現状態が異なる現象を、「位置効果(ポジション・エフェクト・バリエゲーション)」と言います。位置効果は、かなり普遍的な現象で、ヒトから単純な真核生物である酵母まで広く見られます。

 

p.106
さらに、H3K9がメチル化されると、そこにHP1が特異的に結合することを見出しました。つまり、ヒストン・メチル化酵素の一種が、H3K9を特異的にメチル化し、これを目印にヘテロクロマチン化を行うHP1が結合することで、染色体のある部分がヘテロクロマチンになるということを明らかにしたのです。

 

p.112
転写活性の高い遺伝子のプロモーター付近では、H3K9の多くがアセチル化されています。ここで注目すべき点は、H3K9がアセチル化されると、転写が活性な状態になるということです。つまり、スイッチのオンとオフの役割を役割を果たす二種類の修飾が、ヒストン上の同じアミノ酸残基に施されるわけです。H3K9という一つの残基が、アセチル化・未修飾・メチル化の三つの状態のいずれかを取ることで、周辺のクロマチン環境を転写に適した状態にしたり、逆に抑制的な状態にするのです。このようなしくみで、クロマチンが活性状態、もしくは不活性状態のどちらかに定まります。

 

p.114
たとえば、転写が始まる場所(転写開始点)周辺ではH3K9のトリメチル化が集中的に観察されますが、モノメチル化やジメチル化は、転写開始点からやや離れた遺伝子領域にわたって分布しています。

 

p.115
H3K9とH3K27のヒストン・メチル化は、ヘテロクロマチンを形成し、転写を抑制します。しかし、ヒストンのメチル化は転写を抑制する状態にだけ見られるわけではありません。たとえば、H3K4におけるトリメチル化では、転写が活性な状態に対応します。

 

p.115
もう一つの考え方は、ヒストン修飾を認識するタンパク質が存在し、これが特定のヒストン修飾を解釈し、次なる反応を担うタンパク質を呼び込んで来るというものです。
これらのタンパク質部分を持つタンパク質は、「コードリーダー・タンパク質」と呼ばれ、かなりの種類があることがわかってきました。その中には、アセチル化されたヒストンに結合するGcn5のようなHATや、メチル化ヒストンに、結合するHP1などが含まれます。ちょうど、商品の種類や値段の情報を記録した「バーコード」のようなものがヒストン修飾であり、それを読み取ることで、局所的な転写の強さが決まってくると考えるわけです。

 

p.131
脊椎動物では「CG」という二つの塩基のうち、シトシン(C)の部分にメチル化がしばしば観察されます。酵母や線虫では、DNAメチル化の機構がありませんが、ヒトやマウスではゲノムに存在するCG配列のCのうち、実に70パーセントがメチル化を受けています。重要なのは、もしCG配列のCにメチル基が結合されると、一般的にその近くの遺伝子の発現が著しく抑制されることです。脊椎動物では遺伝子発現が不活性な領域にDNAのメチル化が多く見られるのです。

 

p.132
一方で、図5-13下のようにシトシンがメチル化されていると、「脱アミノ化」により、ウラシルではなく、チミンに化けてしまうものもあります。チミンはもともとDNAの中にあるヌクレオチドですので、細胞内の異常検出系・DNA修復系でも見つけ出すことができません。ですから、メチル化されたシトシンを持つ「CG配列」は、徐々に「TG配列」に置換されていくことになるわけです。この現象を「CG抑制」と言います。

 

p.133
一般的に、活発にRNAに転写されているDNA領域では、シトシンのメチル化が起こりにくくなっています。そのため、活発に用いられる遺伝子の上流にあるプロモーター領域などでは、周囲に比べてCG配列の出現頻度が高くなっています。
このようなCGが多く存在する領域は、CG配列が少ないゲノム全体を「海」に喩えると、ちょうど「島」のようにある領域に集中して存在するように見えます。そこでこのような領域を「CpGアイランド」と呼んでいます。

 

p.134
DNA複製時には、新たに合成されたDNA鎖はまだメチル化を受けていません。このままでは、複製を経るたびに、メチル化されたDNAは新生DNA鎖に希釈されて減ってしまいます。そので、DNA複製後にすでにメチル基が入っている場所を目印にして、新生DNA鎖上のCG配列にメチル基を結合させる酵素が作用します。この酵素のことを、「維持型DNAメチル化酵素」と言い、その働きによって細胞分裂の後でもDNAメチル化パターンが維持されます。DNAメチル化酵素にはそのほかに、新規にCG配列にメチル基を入れる「新生メチル化酵素」があります。

 

p.135
DNA脱メチル化のしくみには大きく分けて、「受動的脱メチル化」と「積極的脱メチル化」があります。受動的脱メチル化とは、維持型メチル化酵素が働かず、DNA複製でメチル化を受けていない新生鎖が生み出されることで、徐々にメチル化されているDNAが少なくなっていく機構です。
積極的脱メチル化は、個体の発生や分化などの過程で、特定のDNA領域のメチル基を除去する現象に関与します。

 

p.136
そこで、DNA内のシトシンに付加されたメチル基を外す酵素、すなわち「DNA脱メチル化酵素」の探索が始まりました。
この酵素の発見は、真菌という微生物の代謝系に注目することで、成し遂げられました。DNAやRNAといった核酸を、細胞内で生産する際、新規に一から合成する「新生(de novo)経路」と、要らなくなった核酸を代謝して再利用する「サルベージ経路」という二つの反応経路があります。
真菌とは、酵母やキノコ、カビの仲間ですが、これらの生物のチミンのサルベージ経路で働く「チミン・ヒドロキシラーゼ」という酵素があります。この酵素は、酸素や鉄イオン、代謝産物であるαケトグルタル酸の力を借りて、チミンの5位の炭素に結合するメチル基を連続して酸化し、メチル基の部分が順次、ヒドロキシメチル基、ホルミル基、カルボキシル基と転換され、イソオロチン酸という物質を作ります。
さらに、別の酵素によってイソオロチン酸のカルボキシル基という構造が取り外され、ウラシルに変換されます。つまり、この反応によって、チミンのメチル基が除去されるわけです。これらの酵素は、真菌では見つかっていますが、人間では同定されていませんでした。

しかし、ヒトではチミン・ヒドロキシラーゼは見つかっていません。

 

p.138
そこで、真菌以外の生物で同じような反応をする酵素がないか検討されました。アフリカ眠り病を引き起こす「トリパノソーマ」という原虫には、チミン・ヒドロキシラーゼと同じような機構で酸化反応を触媒する「ジオキシゲナーゼ」が存在しています。
このタンパク質には、αケトグルタル酸に依存して物質を酸化するはたらきを持つ部分があり、チミン・ヒドロキシラーゼなどと比較することで、その配列には一定のパターンがあることがわかりました。

Tet1、Tet2、Tet3という三種類のタンパク質がそれです。

これらは「Tetファミリー・タンパク質」と呼ばれています。

 

p.139
Tetファミリー・タンパク質は、具体的にどのようにDNAを脱メチル化するのでしょうか。生化学的な解析によすと、酸素と鉄、αケトグルタル酸に依存して、5-メチルシトシンのメチル基を「水酸化(ヒドロキシル化)」し、「5-ヒドロキシメチルシトシン」に転換する活性を持つことが示されました。
その後の反応は、すでに述べたチミン・ヒドロキシラーゼとよく似ています。すなわち、5-メチルシトシンを5-ヒドロキシメチルシトシンに転換した後、連続的な酸化を行い、5-ホルミルシトシン、5-カルボキシシトシンへと変化させ、最終的にメチル基を除去するのです。

 

p.148
mTORの役割は、細胞の栄養状態やエネルギー・酸化還元状態、成長因子などの総合的な細胞環境を判断して、細胞を成長させるかどうか、決定を行うというものです。

 

p.149
ラパマイシンは、哺乳類では「FK結合タンパク質12(FKBP12)」というタンパク質に結合し、mTORC1の機能を抑制することがわかっています。

タクロリムスも、ラパマイシンと同じようにFKBP12に結合するのですが、その後に「カルシニューリン」という酵素を阻害する点がラパマイシンと異なります。これらの作用を通じて、免疫細胞を活性化する「インターロイキン」という免疫細胞を刺激する物質の生産を減らすことができ、それにより免疫機能を抑制します。

 

p.151
解糖系の反応のうち、フルクトース-6-リン酸からフルクトース-1,6-ビスリン酸の経路は、不可逆的で反対方向には普通進みません。この反対方向の反応を行う酵素が、「フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ」です。

分裂酵母のフルクトース-1,6-ビスホスファターゼをコードしている遺伝子を「fbp1」といいます。

 

p.155
調べていくうちに、この謎のRNAは、fbp1のかなり上流にある箇所(CREB/ATF転写因子の結合配列がある場所の近くです)から転写が開始され、fbp1のタンパク質をコードしている領域に向けてRNAが伸長していることがわかりました。おまけに、ブドウ糖が減るとこの謎のRNAの転写位置がだんだん下流側に移動し、それと同時にこの領域のクロマチン構造が緩んでいたのです。また、このRNAは、タンパク質に翻訳されない長い非コードRNA「lncRNA(long noncoding RNA)」の一種であることもわかりました。その後、私たちはこのRNAを、メタボリックなストレスで誘導されるlncRNAという意味で、「mlonRNA(metabolic stress induced long noncoding RNA エムロンRNA)」と命名しました。
さらなる解析で、mlonRNAの転写によって局所的で段階的なヒストン修飾パターンの変化や、クロマチン構造の弛緩が引き起こされ、大規模な遺伝子発現に結びつくことが明らかになりました。

 

p.158
遺伝子発現の活性化に関わるエピゲノム修飾が施されると、その周辺のクロマチンが弛緩し、転写に適した「アクセスしやすいDNA環境」が局所的に構築されます。逆に遺伝子発現を抑制するエピゲノム修飾が行われると、その周辺にはヘテロクロマチンのような凝縮したクロマチンが形成されます。
これらの、局所的なクロマチン構造の形成を担う因子が、「クロマチン再編成因子」や「クロマチン・リモデラー」、あるいは「ATP依存型クロマチン再編成因子」と呼ばれるものです。

 

p.158
クロマチン再編成因子は、分子の中にATPのリン酸基を分解してADPに変換し、そのエネルギーのはたらきで局所的なヌクレオソームの移動や解離を引き起こします。大きく分けて、「Swi/Snfタイプ」「イミテーション・スイッチタイプ」「Mi2タイプ」「IN080タイプ」の四つの型があります。

 

p.159
これらのクロマチン再編成因子は、どのようにクロマチンの再編成に関わるのでしょうか。一つの可能性は、ヒストンとDNAの相互作用を弱め、DNA上のヒストンの動きを円滑にするというものです。これにより、ヒストンがDNA上を滑り動くことが可能になり、むき出しのDNA領域が生じやすくなるというわけです。
もう一つの可能性は、クロマチン構造から局所的にヒストンが脱離するというものです。複合体によってクロマチン再編成のしくみは異なりますが、いずれにしてもATPの加水分解エネルギーを用いている点は共通しています。

 

p.160
遺伝子を調節する領域、たとえばプロモーターやエンハンサーなどには、先に述べたとおり、特定のDNA配列が存在します。これらの配列には、それらの遺伝子の活性化に必要な転写調節因子が、DNA配列を識別して選択的に結合します。クロマチン再編成因子の選択的作用についてのもっとも単純な説明として、これらの転写調節因子にクロマチン再編成因子が結合し、間接的な形で遺伝子の制御を行うプロモーター領域に呼び込まれるという機構です。

 

p.162
生物が一つの受精卵から、多様な器官を形成し、それらが別の器官に変化することなく安定にはたらくためには、一度確立したエピゲノム状態を維持する機構が必要になります。このエピゲノム状態の維持にはたらく因子が、「ポリコーム」と「トリソラックス」というタンパク質のグループです。

 

p.163
ポリコーム群タンパク質は、局所的に形成された抑制的なクロマチン構造を固定する機能を持っています。ポリコーム群タンパク質によって抑制的なクロマチン構造を取る領域に存在する遺伝子は、ちょうど、ある種のスイッチが決してオンにならないように、「封印ロック」したような状態になっているのです。

 

p.164
これに対し、「トリソラックス群」のタンパク質は、遺伝子の活性化状態を保つという逆のはたらきをします。ポリコーム群タンパク質が「陰」だとすると、トリソラックス群タンパク質は「陽」のはたらきを持つと言えます。
一つの受精卵から、多数の組織や器官を構成する異なる細胞に分化する過程で、ある染色体領域ではポリコーム群が遺伝子をオフになるように固定し、別の部位では、トリソラックス群が遺伝子をオンになるように固定していきます。このプロセスが発生段階で積み重なっていき、多くの遺伝子でそれぞれの組織に適した遺伝子だけが活性化されて、その状態が細胞分裂を経ても維持されていくことになります。
したがって、我々成人の体の中では、ポリコーム群タンパク質とトリソラックス群タンパク質の双方により、細胞レベルで「エピジェネティクな記憶」が確立されているということになります。

 

p.169
男性に比べて2倍のX染色体を持つ女性では、遺伝子の発現量を半分にするため、二つのX染色体の片方を不活化し、もう一方のX染色体だけから遺伝子が発現するようになっています。X染色体全長にわたって生じるこの遺伝子量補正を、「X染色体の不活化」と言います。不活化されたX染色体は全長にわたってヘテロクロマチンになっており、極度に収縮して「バー小体」と呼ばれる微小な塊を細胞核内に形成します。

 

p.169
受精卵が分裂し、二〜四細胞の時期になると、「ゲノム刷り込み」と呼ばれる機構により、まず父親由来のX染色体が不活化されます。

 

p.170
この初期段階でのX染色体の不活化が一度消去され、細胞分裂が継続して起こる過程で、どちらかのX染色体がランダムに不活化を受けます。その後、この不活化のパターンは、エピジェネティクスの特徴である細胞記憶の支配を受け、分裂後の細胞に継承されていきます。

 

p.172
以上の通り、三毛猫は雌にしか見られないX染色体の不活化というエピジェネティックな現象によって生まれます。したがって、三毛猫は基本的に「雌」ということになります。
一方で、雄の三毛猫がごく稀に生まれることがあります。雄の三毛猫は、実はX染色体を二つ、Y染色体を一つ持っています。雄なのにX染色体が二つあるため、X染色体の不活化が起こり、三毛猫になれるわけです。

 

p.173
三毛猫の話で重要な点は、二つあるX染色体上の遺伝子のどちらが発現するのかは、「細胞系列ごとにランダムに決まる」という点です。ちょうど三毛の斑のように、ある場所の細胞では片側のX染色体上の遺伝子が発現し、別の場所ではもう片方のX染色体の遺伝子が発現する、つまり遺伝子発現がモザイク状になっているわけです。このモザイクのパターンは、あくまでランダムに決まるので、三毛猫の模様は偶然の所産と言うことになります。したがって三毛猫のクローンを作ろうとしても、模様は全く同じにならないということです。

 

p.174
X染色体上の遺伝子に関するモザイク状の発現が起こるのは、哺乳類では雌に限定されます。雄ではX染色体は一つしかありませんので、これが不活化されることはあってはならないからです。このモザイク状の遺伝子発現が、女性が遺伝的に強い原因なのです。

 

p.175
ですから、錐体細胞には、「青錐体」、「緑錐体」、「赤錐体」の三種類があることになります。なお、常染色体上に存在するのが「青オプシン」で、「赤オプシン」と「緑オプシン」はX染色体上に存在します。

これらの遺伝子は、遺伝子重複というしくみによって、まともと一つの遺伝子から派生し、分かれていったものと考えられています。特に、X染色体上の赤オプシンと緑オプシンは、分岐してからそれほど時間が経過しておらず、配列が非常によく似ています。

 

p.176
モーガンのハエの実験で紹介した「伴性遺伝」ですでに述べましたが、X染色体上に存在する遺伝子の変異は、性によって表現型が異なります。赤緑色盲に関与する二つのオプシン遺伝子の変異は、いずれも劣性変異です。両者はX染色体上にあるため、X染色体を一つしか持たない男性に強く症状が出ることになります。
一方、女性ではX染色体が二本あるので、どちらかが野生型のオプシン遺伝子を持っていれば、赤緑色盲にはなりません。X染色体の両方でオプシン遺伝子に変異が入った場合のみ、赤緑色盲になるので、非常に頻度が低くなるということです。
しかし、女性ではX染色体の片方は不活化されると述べました。すると、変異型オプシン遺伝子があった場合、野生型のオプシン遺伝子のある染色体が不活化されれば、ヘテロの遺伝子組成でも赤緑色盲になってしまうはずです。では、なぜ女性は変異による表現型が表面化しにくいのでしょうか。
それは、三毛猫の体毛色と同じように、X染色体の不活化により、網膜の錐体細胞で二つのX染色体上のオプシン遺伝子がランダムかつモザイク状に発現するからです。一部の錐体細胞で変異型のオプシンが発現していても、別の錐体細胞で正常な赤もしくは緑オプシンが発現すれば、色覚としては通常の三色の認識が可能になるわけです。

 

p.179
さて、どうして女性に四色色覚者が出てくるか説明してみましょう。要点だけかいつまんで述べますと、X染色体の片方でオプシン遺伝子に変異が入り、従来とは異なる吸収波長を持つオプシンが生じたからです。男性でこの種の変異が入ると、X染色体は一本しかありませんので、色の識別が弱くなるだけです。
ところが女性では、常染色体由来の正常なオプシン、片方のX染色体から発現する正常な赤オプシンと緑オプシン、もう一方のX染色体から発現される変異型オプシン遺伝子という合計四種のオプシン遺伝子が、個々の錐体細胞に発現します。つまり、スーパー色覚の女性は、X染色体の不活化がランダムに入ることで、「追加のオプシン」を発現することが可能になり、通常は識別しにくい波長を敏感に識別することができるようになるというわけです。

 

p.180
まず、不活化を受けるX染色体ですが、ヘテロクロマチンを全長にわたって形成しています。不活性なX染色体では、ヒストンH3の9番目のリシン(H3K9)などがメチル化を受けています。
これらヒストン修飾は、すでに述べたとおり、ヘテロクロマチンを形成するマークとなっています。また、DNAのメチル化も顕著に起こっています。つまり、X染色体の不活化は、エピジェネティックなヒストン修飾や、DNAメチル化によってもたらされているのです。
X染色体の全長にわたってヘテロクロマチンが展開するしくみですが、これにはX染色体上から発現している「Xist」というRNAが重要な役割を果たしています。このRNAは、前にも何回か登場した「長いノンコーディングRNA(lncRNA)」と呼ばれているものの一種です。Xist RNAが合成されると、同じ染色体上のXist遺伝子の近くに結合し、この結合を介して、ヒストン・メチル化酵素やDNAメチル化酵素などを呼び込むと考えられています。ちょうど、Xist RNAがこれらの酵素を手繰り寄せる骨格のようなはたらきをしているのです。
Xist RNAの結合を介して、ひとたびX染色体の結合部位にヘテロクロマチンが形成されると、X染色体全長に及ぶヘテロクロマチン化にスイッチが入ります。
まず、ヘテロクロマチンに結合するタンパク質「HP1」が「ヒストン・メチル化酵素」を呼び込みます。そしてその周囲に存在するクロマチンに含まれるヒストンH3に対して、ヘテロクロマチンのマークである「H3K9のメチル化」が修飾されていきます。
Xist RNAについても、X染色体全体にベタベタと結合します。RNAとタンパク質の協調作業によって、全長にわたってヘテロクロマチンが形成されていくのです。
その後、ヘテロクロマチン領域に「DNAメチル化酵素」が呼び込まれ、より強固に遺伝子の不活化が行われることになります。この頃になると、X染色体はヘテロクロマチン化を通じて極度に収縮し「バー小体」を形成します。

 

p.183
我々のような哺乳類は、二倍体であり、父由来の染色体と、母由来の染色体をそれぞれ一セット、合計二組持っています。その染色体それぞれの同じ位置に、父由来の遺伝子と、母由来の遺伝子が存在しています。ゲノム刷り込みが生じると、一部の遺伝子で父由来・母由来のどちらかだけが選択的に利用されます。雄と雌でその選択的な利用パターンが異なっているのですが、それは「雄特有のゲノム刷り込み」と、「雌特有のゲノム刷り込み」があるためです。
成長に関わるタンパク質であるインスリン様成長因子「IGF2遺伝子」は、必ず父由来の遺伝子が使われ、母由来の遺伝子が使われることはありません。つまり、二つの遺伝子があっても片方しか使われないわけです。

 

p.184
このように、ゲノム刷り込みが起こると、ゲノムDNAは部分的に「一倍体相当」の状況になります。これは、一見するとあまり生物にとって有利なことには見えません。

ところが、ゲノム刷り込みを受けている遺伝子では、片方の遺伝子しか利用できません。実際、ゲノム刷り込みを受ける遺伝子では、変異の効果が表に出やすいという特徴があるのです。

 

p.184
ゲノム刷り込みは、精子や卵のもととなる生殖細胞で起こり、性によって異なるパターンで施されます。したがって、変異が父方・母方の遺伝子のどちらかに入っている場合、変異が父方の遺伝子にあるか、母方の遺伝子にあるかで、その効果が異なって現れることになります。

 

p.187
まず、父親の精巣で精子が、母親の卵巣で卵が作られる際に行われる「減数分裂」の際の染色体の混ぜ合わせがあります。

染色体の一部では、DNAの組み換えがおこるので、父由来の染色体と母由来の染色体の一部が交換しているところも出てきます。これにより、子孫の遺伝的な多様性が確保され、顔も十人十色ということになります。
ゲノム刷り込みによっても、父親似や母親似のパターンが出てくることが考えられます。父由来の遺伝子しか働かないようにゲノム刷り込みが施された遺伝子では、母由来の遺伝子はたとえそれが優性の遺伝子でも全く機能せず、父親似の表現型を示します。母由来の遺伝子しか機能しないようにゲノム刷り込みをされた場合は、この逆に母親型の表現型になります。ゲノム刷り込みがない場合は、母・父由来の遺伝子のどちらが優性かだけで、表現型が決まってきます。したがって、ゲノム刷り込みのおかげで、遺伝子の優性・劣性の壁を越えて、子孫の表現型が多様になってくるのです。

 

p.190
プラダー・ウィリー症候群とアンジェルマン症候群の代表的なケースでは、ともに二本ある15番染色体の片方で、15q11-13という部位の異なる領域が欠失しています。両者は同じような領域の欠失に原因があるのですが、この欠失を持つ15番染色体を母親から受け継ぐか、父親から受け継ぐかで、どちらかの症候群になるのです。

 

p.192
二つの症候群は、いずれも同じ染色体領域の欠失に原因があります。染色体の欠失領域には、上記の症状と関連する複数の遺伝子が存在しています。一方の染色体に欠失がありますが、もう片方の染色体には欠失がありません。つまり、欠失部分の染色体の部位だけ、「一倍体」の状態になっています。
この領域にも、生殖細胞内でゲノム刷り込みが施され、ある遺伝子は父方由来のときのみ、別の遺伝子は母方由来の場合しか、発現しないようになっているのです。したがって、同じような染色体部位の欠失を、母親から受け継ぐか、父親から受け継ぐかで、欠失している領域に含まれる遺伝子の発現パターンが変わり、全く異なる症状になってくるというわけです。

 

p.192
哺乳類にはゲノム刷り込みがあるために、「単為生殖」を行うことができません。

 

p.193
これらの生物種では、ゲノム刷り込みの機構がないため、父親から受け継いだ遺伝子でも、母親から受け継いだ遺伝子でも、区別なく利用可能なため、母親からだけでも子を設けることが可能なのです。

 

p.193
ところが哺乳類では、ゲノム刷り込みがあるために、発生の過程で父由来の遺伝子しか利用できない部位があります。その中には、生存に必須な役割をするものもあります。単為生殖で卵から個体が発生しようとしても、発現可能な父方遺伝子を持っていないため、胚の発生段階で死んでしまうというわけです。

 

p.195
特に重要なのが、DNAのメチル化です。父由来、もしくは母由来の遺伝子の制御領域のDNAのどちらかにメチル化が生じると、その領域の遺伝子発現が抑制され、これによってゲノム刷り込みが起こります。通常DNAに結合したメチル基は、DNA複製や細胞分裂を経ても、維持型DNAメチル化酵素のはたらきで、修飾パターンが維持されます。
ところが、哺乳類が精子や卵を作る際には、せっかく確立されたゲノム刷り込みは、一度消去されてしまいます。つまり、「ゲノム刷り込みの消去」とは、化学的な言葉で言えば、DNAに結合したメチル基が外される「DNA脱メチル化」が起こることなのです。
そして、雄の精巣で精子が作られる過程、あるいは雌の卵巣で卵が作られる過程で、それぞれ雄特有、もしくは雌特有のDNAのメチル化が再度施されることになります。

 

p.206
c-Mycは増殖の制御に関わる転写因子で、特定のDNA配列を持つDNAに結合し、その近辺の転写活性を上昇させます。c-Mycの標的部位には細胞増殖に関わる遺伝子が存在していますので、通常の細胞でc-Mycを強めに発現させることで、iPS細胞の要件の一つである「細胞を増殖に適した状態に持って行く」ことが可能になるのだと考えられます。

 

p.207
多数の細胞が集まっていろいろな器官を形成する高等な真核生物では、ポリコーム群タンパク質やトリソラックス群タンパク質が染色体やクロマチンに結合し、特定の遺伝子のセットのみが使われるように固定された状態になっています。また、これに応じて、DNAのメチル化やヒストンのメチル化・アセチル化が局所的に生じており、クロマチンレベルで遺伝子発現のパターンが記憶されているわけです。
山中因子やNanogが発現すると、これらのタンパク質の結合が解除されたり、ヒストンやDNAの修飾が外されたりして、細胞が一種の「記憶喪失」の状態になってしまうわけです。

ただ全くの白紙になっているかというとそうではなく、一部DNAのメチル化も残っているはずです。そうでないと、ゲノム刷り込みなどの重要なエピゲノム修飾も外れてしまい、まともな個体に発生できなくなります。正確には、初期胚と同じようなエピゲノム修飾パターンになっている、と言うべきでしょう。

 

p.219
成人の体に含まれる脂肪細胞の大部分は「白色脂肪細胞」と呼ばれるタイプですりまた、少数ですが、「褐色脂肪細胞」という発熱性の細胞も存在します。

 

p.220
PPARγは、脂肪細胞の分化に加え、その大型化や、ブドウ糖などを効率的に脂肪に転換して、脂肪細胞に蓄積させるはたらきもしています。これらの薬を服用することで、PPARγが活発に働くようになり、「善玉」と呼ばれる小型の脂肪細胞がたくさん作られるようになります。これら増産された脂肪細胞のはたらきにより、効率的にブドウ糖が脂肪細胞に取り込まれ、II型糖尿病の「インスリン抵抗性」が軽減されるというわけです。

PPARγは、炎症を引き起こす血中タンパク質である「TNFα(腫瘍壊死因子、Tumor Necrosis Factor)」の合成を抑制します。

 

p.222
アディポネクチンが細胞に作用すると、「AMPキナーゼ」という酵素が活性化し、細胞内で盛んに脂肪が燃焼(代謝)されます。興味深いことに、脂肪細胞が脂肪を貯め込んでいくと(つまり太ると)、アディポネクチンがだんだん合成されなくなっていきます。太ることで、脂肪を燃やしたり、ブドウ糖を取り込んだりして利用しにくくなってしまうのです。つまり、太ると、どんどん太りやすい体質になるわけです。逆に、継続的な運動をしたり、脂肪(特に内臓脂肪)を減らしたりすると、アディポネクチンの合成量が増えてきます。運動が、メタボリック症候群の予防や解消に効果がある理由の一つです。

 

p.223
以上をまとめると、「メタボな食生活」を続けていると、PPARγ遺伝子のDNAメチル化のように、「メタボなエピゲノム」が確立されてしまうことがわかります。

「豊かすぎる食生活」という、人間がこれまで経験してこなかった大きな環境変化により、脂肪細胞などでエピジェネティックな変化が蓄積していくのでしょう。

 

p.246
ところが、最近になって環境によって獲得された形質の一部が、エピゲノムの記憶を介して次世代に引き継がれることが少しずつわかってきました。つまり「環境」と「遺伝」は相互作用するのです。

 

p.248
エピジェネティクスでよく話題にのぼるのが、母胎で胎児が成長している際に飢饉にあうと、その子は出生後、心臓病や糖尿病、肥満や、乳ガンになりやすいという報告です。つまり、一人の人間の形質に、環境要因が世代を超えて影響を与えるというのです。これは、その影響の大きさを考えると、かなり衝撃的な内容です。
これらの証拠は、主としてオランダやスウェーデンの「コホート研究」(一定の要因の影響を受けた集団と、そうでない集団について、継続的に疾患のなりやすさを比較解析する疫学調査の手法、要因対照研究とも言われます)から得られています。

 

p.250
パーカー博士はこれらの研究から、胎児期の栄養環境が成人時の健康に影響を及ぼすという「パーカー仮説」を提唱しました。

出生時の体重が少ない赤ちゃんが成人し、過剰な栄養を摂取すると心臓病やII型糖尿病の発症リスクが高くなることが知られています。胎児期に栄養が不足していると、飢餓に対応するための遺伝子が活性化し、これが記憶されます。これにより、成人になった際、同じカロリーを摂取しても、通常の人間より効率的に利用することができるようになります。飢餓のときは良いのですが、現在のように飽食の時代になると、このような飢餓に対抗する遺伝子がアダとなるというわけです。

 

エピゲノムと生命 (ブルーバックス)

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エピゲノムと生命 DNAだけでない「遺伝」のしくみ (ブルーバックス)

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