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【書評】「ヒトはどうして死ぬのか」(田沼靖一)のレビュー

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

「ヒトはどうして死ぬのか」という本がかなり良く、新たに考えることが多かった。

評価:★★★★★(5/5)

 

学びと感想

生物は進化の過程で「死」という選択肢を取り入れてきた。

人間の細胞はアポトーシスできる回数が決められており、その制限回数に達すると正常なアポトーシスができなくなり、個体としての死や病気に至る。

かつてリチャード・ドーキンスは、遺伝子は極めて利己的だと提唱したが、実は遺伝子は極めて利他的であると筆者は表現している。自ら死ぬことで個体としての生存を優先するという、極めて全体主義的な構図が生体からは見て取れる。これは僕にとって完全に新しい生命観で、納得の行く考えだった。

有限の時間をいかに生き抜くか。自分なりの人生観を持ち、人生を全うしなければと感じた。

 

引用

p.46
Better death than wrong(悪くて生きているよりも死んだほうがましだ)という言葉がありますが、細胞はまさに、これをアポトーシスで実行しているのです。

 

p.51
私は、非再生系の細胞にプログラムされた死を「アポビオーシス」と呼んで区別しています。 

 

p.55
テロメアとは、この「TTAGGG」という繰り返しの配列部分のこと。テロメアの部分には遺伝子は存在せず、その役割はDNAの二重らせん構造を安定させることであると見られています。二重に絡み合ったDNAのひもを縄跳び用の縄にたとえれば、テロメアは縄の両端にあるグリップ部分のようなものです。
テロメアは細胞が分裂するたびに、「TTAGGG」の文字列の約20個分ずつ短くなることがわかっています。

このような事実から、テロメアは「分裂回数券のカウンター」としての役割も担っているのではないかと考えられているわけです。

 

 

p.56
図9から、細胞分裂の上限回数と動物種の最大寿命との間に、直線的な関係が見て取れます。この相関性から、細胞の「回数券」の枚数が、個体の最大寿命を規定していると考えることができるでしょう。

 

p.58
紫外線や化学物質、放射線物質、ストレスや暴飲暴食によって多量に発生する活性酸素など、種々の後天的な環境・生活要因によって「回数券」を早く使い果してしまったり、「定期券」が早く切れてしまったりすれば、個体は最大寿命まで生きることができないのです。

 

p.82
ガン細胞が身体の中で成長する場合と、試験管の中で培養された場合を比較すると、成長する速度は、試験官での培養のほうが圧倒的に速いのです。

これは、ガン細胞が体内で増殖してガンを発病したとしても、免疫細胞によるアポトーシスの誘発で死んでいくガン細胞が相当数にのぼることを示唆しています。

 

p.87
ガン細胞をより確実に殺すためには、相当な割合のガン細胞がネクローシスを起こす強さの放射線を用いる必要があるのです。
困るのは、ネクローシスを起こしたガン細胞は細胞膜が破壊されるため、DNAが周囲に流れ出してしまうことです。DNAが流れ出すと、それを抗原とした自己抗体ができやすくなります。自己抗体は炎症反応などを引き起こし、場合によってはそれが原因で死に至ることもあるのです。これは放射線治療が持つ懸念点の一つと言えるでしょう。

 

p.89
ところがメカニズムの解明に伴い、これらの抗ガン剤が正常細胞に対して、ほぼ同程度にアポトーシスを引き起こしてしまうことも判明しているのです。

抗体医薬は安全性が高いというメリットがありますが、治療費が非常に高くなってしまうという問題があります。開発のために莫大な研究費がかかることはもちろん、実際に製剤化するとなれば、免疫細胞を培養するプラントなどの大がかりな設備を持たなければ供給できないことなどが理由です。

 

p.95
ガン幹細胞説から導かれるのは、ガンが完治するには「子分」のガン細胞にアポトーシスを起こさせるだけでは足りず、非常に強い「親玉」を殺さなければならないのではないかという結論です。

 

p.100
APPが切断されなければ、神経細胞にアポビオーシスを誘発する死のシグナルは発生しません。このため、近年はAPPを切断する酵素の阻害剤を開発するというアプローチで、世界中で研究が進められています。

 

p.103
HIVウイルスの大きな問題は、感染したヘルパーT細胞とHIVウイルスが共存することです。同じウイルスでも、インフルエンザウイルスは感染した細胞と共存できないため、一週間ほどでアポトーシスを起こして感染細胞と共に身体から排除されます。ところが、HIVウイルスは感染した細胞を殺さず、身体のなかに留まり続けるのです。

 

p.104
つまりAIDSとは、「アポトーシスを忘れた」HIVウイルス感染細胞が正常なヘルパーT細胞に死のシグナルを送り続け、「アポトーシスを異常に促進する」病気であるととらえることができます。一つの病気において、「死ぬべき細胞が死なない」「死んではならない細胞が死んでしまう」という2つの問題を抱えているわけです。

 

p.107
こうした身体の仕組みからわかるように、インスリンが不足したり反応性が低下したりすると、血中のグルコースが細胞に取り込まれにくくなります。グルコース濃度をコントロールすることができなくなり、俗に言う「血糖値」が高い状態が続くと、「あなたは糖尿病ですよ」と診断されるわけです。

1型糖尿病は、インスリンをつくって分泌するβ細胞が、自己免疫的な攻撃を受けることなどによって破壊され、発症します。

2型糖尿病は高度に都市化された地域での発症が目立つほか、中国やインドなどの新興国でも顕著な増加傾向が見られています。

 

p.109
つい最近、「DPP-4阻害剤」という新薬が開発されましたが、この薬の作用メカニズムは、食事をすると腸管から分泌されて膵臓に運ばれ、β細胞に作用してインスリンの分泌を促すホルモン(インクレチン)の分解を阻害することによって、インスリンの分泌量を高めるというものです。

 

p.110
2型糖尿病の多くは、まず筋肉や脂肪組織などの末梢組織でインスリンに対する反応性が低下することによって始まります。β細胞がインスリンをつくっても、反応性の低下によって血中のグルコースをきちんと細胞内に取り込めなければ、β細胞はさらにインスリンわつくろうとします。このような負担(ストレス)によってβ細胞が疲弊し、過剰なアポトーシスを起こすと、インスリンが十分につくれなくなってしまうわけです。

 

p.111
ちなみにHbA1cは、糖尿病の診察において、血糖コントロールがうまくできているかどうかを調べる際の指標として、現在よく使われるようになっています。

 

p.118
しかし、病気の原因となっているタンパク質Aの構造を突き止め、その構造の「鍵穴」にあった「鍵」となる化合物をコンピュータシミュレーション技術を活用して設計すれば、タンパク質Aと結合して、その機能を阻害する薬はつくれるはずなのです。

例えばあるガンについて、アポトーシスの正常なプロセスをブロックするタンパク質が、どの遺伝子から作り出されているのかが研究で明らかになっていれば、その遺伝子の解析によってタンパク質の構造情報を得ることができます。
その構造情報をもとに、タンパク質にうまく結合して、その働きを阻害する化合物が設計できれば、医薬品開発は確率論的な化合物探しから解放されて、決定論的に新薬を創出できる-これがゲノム創薬の基本的な考え方です。ゲノム創薬は、従来の医薬品開発とは全く逆方向からのアプローチであると言えます。

 

p.123
「テーラーメイド創薬」とは、患者個人の遺伝子を調べて、問題となるタンパク質の構造を解析し、そのタンパク質の働きを阻害する薬を個別に設計することによって、一人ひとりにぴったり合った医薬品が作れるはずだという考えです。

 

p.130
しかし、日本と欧米で明確に異なる点があるのは確かです。それは、「複数の分野を横断的に学び、病気の基礎研究から医薬品への応用展開へと「橋渡し」を行える人材がいるかどうか」です。

 

p.142
「性」によって遺伝子のシャッフルを行うことで、有性生殖を行う生物の子孫は、常に新しい遺伝子組成を持つことができるようになりました。これは、生物が環境の変化に適応したり、バクテリアやウィルスといった外敵に対して抵抗力のある子孫をつくっていけることを意味します。
「性」によって、生物はより柔軟に適応力の高い個体を作り出す力を獲得できたわけです。
しかし、ランダムな遺伝子の組み換えによって新しい遺伝子組成を持った受精卵は、必ずしも全てが望ましいものであるとは限りません。もしそれが種の保存と言う観点から「不良品」であると分かった場合は、個体となる前に排除する必要が生じます。「不良品」をスムーズに排除する仕組み-それを獲得するために遺伝子にプログラムされたのが、「アポトーシスを起こす力」と考えられるのです。

 

p.145
生物は生きている間、様々な化学物質や活性酸素、紫外線、放射線などの作用によって、日常的に遺伝子にキズを負っています。こうした傷は日々修復されるものの、完璧に治せるわけではなく、古い遺伝子には多くの傷が変異として蓄積します。そしてこのような変異は、子孫を残すための生殖細胞にも蓄積しているのです。
老化した個体が生き続けて若い個体と交配し、古い遺伝子と新しい遺伝子が組み合わされれば、世代を重ねるごとに遺伝子の変異が引き継がれて、さらに蓄積していくことになるでしょう。もしこのようなことが繰り返されると、種が絶滅して、遺伝子自身が存続できなくなる可能性もあります。
この危険性を最も確実かつ安全に回避する手段は、古くなってキズがたくさんついた遺伝子を個体ごと消去することです。

 

p.154
遺伝子は、自身の繁栄を目指すと言う意味においては利己的な存在なのでしょう。実際、有性生殖のみを行う細菌は、全く利己的にしか見えません。
しかし、有性生殖のシステムを持つようになった生物は、利己的なだけでは生きていけないのです。
生殖細胞が減数分裂して卵子と精子を作り、一つの受精卵を産み、新たな個体を作り上げていく-この壮大なドラマは、利己的な遺伝子に支配された細胞だけでは、ストーリーを進めていくことができません。「自ら死ぬ」と言う利他的な振る舞いがなければ、種の存続に適した答えをふるいわけることも、精巧な身体の形を作ることも、複雑な生命活動を維持していくことも不可能だからです。

 

p.160
私は、現代において真に求められるのは、不老不死を実現する技術などではなく、科学から死の意味を問い直して「有限の時間を生きる意味」を知ることではないかと思っています。そして、「死の科学」を拠り所とした自分なりの新たな死生観を持つことが大事だと思います。

 

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)